第12話.ショタコンと同志(?)
突き出した右手から魔力が迸り、飛来する水球を絡め取って破壊する……――――
――――なんてスピーディーで都合のいいことが簡単に起こるはずもなく。
「止まって!!」
私は咄嗟に口から出たその言葉に感謝した。しかし魔力を上手く込めきれていなくて水球はしっかり止まらず、外側だけが急停止したのか水球はパシャッと崩れて私とリオを濡らした。
「……っはぁ……って、師匠!!」
「これでは駄目じゃな……口を塞いでもう一度やるか」
「ちょ、あの、んっ?!」
抗議しようとした私は、肌の上を水が重力に逆らって上ってくる正直に申し上げて気持ち悪い感覚に慌てる。
「何ですかこれ?!」
「お主の口を塞ぐんじゃよ」
「そんなっ、死ぬ、ししょゴボッ」
先程私とリオに掛かった水が、私の口許に集合して喋れないようにしてきた。
リオはいきなり乾いた身体にびっくりして、それから口許を水に覆われた私を見上げて目を見開く。
「ししょーさん! おねえちゃんがおぼれちゃうよ!!」
「大丈夫じゃ。わしはそんなヘマはせん。それにの、これは必要な修行なんじゃ。引き続き協力を頼むぞ」
「え、うん……じゃあ、おねえちゃん、がんばろう?」
「がぼがぼぼっ!!」
上目遣いに私を見上げて両手を握り、えいえいおーと控えめに応援してくれるリオに、私は良い笑顔で「がんばる!」と答えた。声にならなかったけど。
それにしても、師匠がこんな乱暴な手段をとるなんて(杖で殴るのは乱暴に含まないこととする)やっぱり焦っているんだろう。
私がリオを少々の危険に晒さなければならないのも、元を辿ればタップダンス王太子レオンハルトのせいと言うわけだ。
何だか、尊さを押し退けて怒りが出てくるぞ? これ、エネルギーになるかな。
そんなことを考えて自分の手をじっと見つめていたら、またもや突然に師匠が「『水球』!!」と叫んだ。
放たれる清水の速度は少し遅めの弾丸。私は「ごぼっ」と叫んでそちらに手を向ける。
イメージイメージ……あの水球をレオンハルトだと思って……
私の拳の届く範囲に水球が入った。感覚は先程と同じくスローに。何とも便利な現象だが、いったい何が起きているんだろうか。
腰を入れて……
右足を引き、少し腰を落として右手をぎゅっと固く握り締める。親指は握り込んで。
左足に重心を移動しながら引いた右腕に勢いを乗せて前へ。
タップダンスの天才のイケメンを……全力で、殴る!!
渾身の右ストレート。シャパァァンッと弾ける水球の水が顔に掛かる。
決まったね、今のは明らかに格好良く決まったよね!!
そんな感動を込めた輝く瞳で師匠を見ると、彼は呆れた様な顔をしていた。
「ただの拳で殴ってどうする。『水球』だったから良かったものの……これが『火球』であったら火傷じゃぞ」
「ごがぼっ?!」
「じゃが、イメージはそれで良い。このまま続けよう」
「ぼぼっ!!」
何てこった。
そう簡単にはいかないらしい。流石のチート体質でも、鍛えずして無双は無理か……と私は遠い目をしたのであった。
―――――………
翌日。雨が降っている。
結局昨日は日が暮れるまで同じことを繰り返していたけれど、悲しいことに上手くいかなかった。
リオが眠そうにし始めて、私はすぐに家に帰った。勿論、帰り道に奇襲されないよう十分気を付けて。
傘を差して(この世界の傘は油紙張りなので重たい)リオと共に師匠の家に行く。家の外と中にあの迷惑な連中の気配が無いことを探ってから、私は戸をノックした。
「「おはようございます」」
「ああ二人とも。おはよう」
「師匠、今日雨ですけど……」
昼食のサンドイッチを渡しながらそう言うと、師匠はにんまり笑って答えた。
「案ずるな。わしの魔力属性は水じゃぞ」
うーんごめんね師匠。私にはそれが何を意味するのかさっぱりだよ。
こう言うことだったのか……
外に出た師匠は傘も差さずに、杖片手になにやら「ほにゃらほにゃら」と呟いて庭をぐるりと一周した。
するとどうだろう。師匠の小さな身体から魔力が溢れて、彼が歩いたのと同じ円形に固まったと思ったら、ふわりと魔力のドームができて雨がそこだけ降らなくなったのだ。
「わぁ、あめなのにあめじゃない!!」
「便利じゃろう」
リオはそのドームが完成するなり、その中ではしゃいで駆け回った。可愛い。
金の髪は走ることでふわふわと揺れ、雨雲に覆われた空から注ぐささやかな日光に煌めく。
薔薇色に染まる頬。満面の笑みはドームを流れ落ちる宝石の様な雨粒よりもキラキラ輝いている。
きゃっきゃと跳ね回るリオを、私も師匠もほわほわした気持ちで眺めた。
しばらくしてから、見られていることに気づいたリオがハッとこっちを向く。
「おねえちゃん、ししょーさん……」
「なぁに、リオ?」
「なんじゃ、リオ?」
私と師匠が異口同音でそう言うと、リオは頬を更に赤くしてもじもじした。
「あの、あのね……」
俯き、私を見て、また俯いて今度は師匠を見る。そんなもじもじ姿すら可愛いなんて、この子は天使に違いない。いや断言できる。天使だ。
私はそんな考えのもと微笑みを浮かべたまま、リオの言葉を待った。
「ええとね……」
唇をもにょもにょ動かしたリオが、菫色の瞳で私と師匠を見る。それから彼は自分の小さな可愛らしい手でもちもちの両頬を押さえた。
「そんなにみられたら、はずかしいよう」
「ぐはっ!!」
私はたまらずその場に崩折れた。
その隣に膝をついた師匠が、私の肩を優しく叩いて言う。
「お主がこうなる理由が今、分かったわい……」
「でしょう……」
もしかしたら今、元宮廷魔導士長というすごい経歴を持つショタコンじじいが爆誕してしまったかも知れないと思いつつ、私は同志の手を握って力強く頷いたのであった。
その間リオは困った様に小首を傾げて、密やかに外へ一切表すことなく悶絶する私たちを見ていた。