第11話.ショタコンと邪神ファン第一波
朝起きたらリオがたいそうご機嫌で(超可愛い)うふうふしていたので、夜に何か良いことでもあったのかと訊ねると
「あのね」
少し悪戯っぽく微笑んで、こう言ったリオは私の耳に口を寄せて答えた。
「ちょうちょさんを見たよ」
「っ……――どうだった?」
「きれいだった!」
マジですかい(真顔)
ノワールが、私に女装(語弊あり)で悪戯して怒られた日の夜にリオが蝶を見ることになるとは。えっ、これ怪しすぎる。本体に会ってないよね?
それを上手いことぼかして訊いてみるけれど、リオはくすくすと笑って「本当にきれいだったよ」と特に他に言うべきことは無さそうにしている。
うーーーん? グレーゾーンだな。要観察。
「例えば、だけどね? 蝶々とか、とても綺麗なものを連れていても、変な人にはついてっちゃ駄目だからね?」
「うん!」
あーーっ、良い子のお返事。可愛い。
リオなら大丈夫だとは思うけれどやはり心配だ。
ノワールによるショタコン溺死させられかけ事件で私の危機を察して遠くから助けてくれたリオが、ノワールの持つ魔力に覚えがあってここで会ったが百年目、とかになったら大変だもの。
平和が一番。特にリオには幸せに健やかにいてほしいのだから。
そして朝食の時間。母さんと試行錯誤して超美味に仕上げたマッシュポテトをまりもりと口に突っ込んでいたら、突然遠くから激しい爆発音が響いた。
「何だ?!」
父さんが立ち上がって窓から外の様子を窺う。私は爆発音が聞こえてすぐ、サカサカと動いてリオの隣に立った。
母さんも近いし、ここは大体家の真ん中だ。私の魔力量なら家ごと結界に覆える。
家族とショタは守らねば……
「村の入口の方だ……お前たちはここにいなさい」
父さんがそう言って家を出ていく。私はリオと顔を見合わせて「なんだろう」と眉根を寄せた。
「こんな爆発音がするようなこと、この辺にあるかなぁ……」
話している今も絶え間なく響いてくる爆発音。地響きのようなそれに、私は一体何が原因だろうと首を傾げる。
その時だった。
キィィィン……と、耳に痛い音が辺りを満たす。咄嗟に耳を押さえ、私はそれがただの音ではなく魔法であることに気づいた。
何だこれ。この辺り一面に広がる魔法を感じる。何の魔法か見当がつかない。魔力を構えて次手を待つ。
『精霊の愛し子はどこだぁぁっ!!!』
そして響き渡った声。しゃがれた喉から無理に出した大声という感じで、リオがビクッと肩を揺らした。
村全体に拡声器を使ったみたいに轟いているようで、外で「何だこの声!」と騒いでいるのが聞こえる。空気中の魔力を伝って、耳に直接声をぶちこんでくる感じだ。
いやそれよりも問題はその内容。
「は……?」
もしかしなくても、邪神ファン?
―――――………
その後、様子を見に行った父さんが何故か師匠と一緒に帰ってきた。
「村の入口に、ぼろぼろの格好をした奴等が大挙して押し寄せていた。見知らぬ青年が魔法で押し止めていたが……」
いつまでもつか、と父さんは苦々しい表情で首を振る。多分その見知らぬ青年ってノワールだよなぁと思った私は、師匠に向かって「あの」と口を開いた。
「駄目じゃ」
「まだ何も言ってないのに……」
「お主が出ては逆効果になるじゃろう」
「う……やっぱり、邪神の、アレですよね」
師匠はこっくりと頷く。私が一掃するのが手っ取り早いと思ったけど、確かに『精霊の愛し子』を探して来ている邪神ファンたちに「ここで正解、住所特定乙!」って宣言するようなもんだしなぁ。
「……どこから住所が漏れたんだろう」
やっぱり学園の関係者……紛れ込んだ邪神ファンは教授か先生か職員さんってことだろうか。嫌すぎる。
憂鬱だ、と私は項垂れた。
そんな私の隣に座っているリオが、こちらを窺うように見て、ちょいちょいと私の腕をつつく。
その可愛い行動に「何かな」と顔を上げてそちらを見ると、テーブルについていた私の手をそっと握るリオの姿が。
「お姉ちゃん、こわくないからね。僕がそばにいるからね」
「リオ……」
可愛すぎる上目遣い、優しさマックスの温かな手と気遣いの言葉に私は笑顔のまま死んだ。
死んだけれど今は死んでいる場合じゃないからすぐ蘇った。供給過多に遭ったショタコンは軽率に死ぬ。
抱きしめたい……なんでこの子はこんなに優しいパーフェクトプリティーなの……?
私は欲求に素直に従ってリオをひしっと抱きしめた。
「ありがとう、リオ……」
「うん、お姉ちゃん」
温かくてふわふわして、ほんわり良いにおいがする。本当に愛おしいなぁ……
「情報の出所は後で探るとして……アイリーン」
「っ、はい」
「戦っている青年に、覚えはあるかの」
バリバリあります。
セクハラ癖と女装(語弊あり)癖のある闇の精霊さんです、それ。
師匠に声をかけられたので、すごく惜しみながらリオとの抱擁を解いた私は師匠の問いかけに「あります」と答えた。
「ふぅむ。それは信頼できる相手かの?」
「うーーーん……一応? 邪神ファンが相手なら確実に味方だし強いですよ」
「なるほどの」
母さんが「学園のお友だち?」と目を輝かせて言うから曖昧に首を振る。父さんは何やら複雑な表情をしており、逆にリオは泰然として微笑んでいた。
「ではわしが行く。お主らはここにいることじゃ。わしが戻るまで家から出るなよ」
「はい」
そう言った師匠は木の杖片手に(私が帰省してから早速新調された。理由は私の石頭、とだけ言っておく)立ち上がった。戸を開いて出ていこうとする師匠を思わず呼び止める。
「あの、気をつけて」
振り返った師匠にそう言う。穏やかに私を見つめ返した青い瞳が細められた。
「誰に言っておる。心配するでない」
答えて笑った師匠は颯爽と外へ出ていった。翻ったローブの裾と白い髭が印象的だった。
か、かっこいい~~っ。
ショタコンで容赦ないジジイな師匠だから忘れてたけど、あの人すごい魔導師だったわ。
師匠かっけぇ、で心が一つになった私たち家族は落ち着いて師匠の帰りを待つことにした。




