第6話.ショタコンと魔法
私たち三人は微妙な顔で見つめ合い沈黙した。
リオと師匠にとって、レオンハルトは存在が地雷、トラウマ級のことをやってのけた暗黒の歴史、十五歳の印象ままなのである。
印象が更新されないまま、学園に行った私ばかりが、まるで絆されたみたいにこうしてお話を持ってきたので余計にいけない感じがするのではないだろうか。
ぶっちゃけ「それな」以外の何ものでもない。人として彼の成長を認めはするが個人的には別に「擁護するわよ」というほどでもなく。
私は今年学園に入って、様々な人と出会い、様々なことを見聞きした。
その過程で、レオンハルトに対する当初の印象であった『師匠の心の地雷原を踏み荒し最愛の弟リオを泣かせた傲慢なタップダンス王太子』は『なんかおチビちゃんっぽい王太子』という印象を経ながら少しずつ変わっていったのである。
そして、最近になって彼が『成長したが変わらず残念なところがある王太子』となった様子を(嬉しくないことに)間近で見ていたので、殊勝な態度で「サラジュードに謝りたい」と言われた時「まあ今の彼ならば許してやらんでもない」と考えたわけで。
やったことがことだけに庇う気もあまりないので、しかし人として約束は守りたいという良心ゆえに微妙な面持ちで沈黙している次第。
師匠が短く息を吐いてティーカップを手に取る。茶をすする師匠の様子をじっと眺める私とリオ。
「……そんなに見るでない」
「すみません」
気まずそうに咳払いする師匠に謝り、私は手元のティーカップに視線を落とした。
ゆらりと揺れる水面が窓から差し込む暖かな光を反射している。手持ち無沙汰に魔力を込めて、お茶の海の中に氷の魚を泳がせてみた。
隣からリオがそれを覗き込んでわっと歓声を上げる。おっふぅ、可愛いかよ。
「すごいっ、氷のおさかなだ!」
「ふふ、ほら、泳ぐよ~」
「動いてる! すごいすごい!」
はーーーぅっ、むやみやたらに尊みが供給されて心臓がもちません!!
きゃっきゃっとティーカップを覗き込むリオの姿に穏やかな表情を見せた師匠をちらりと窺う。師匠はそんな私の視線に気づいて溜め息を吐いた。
「可愛……っげふん、随分細かい操作も覚えたのじゃな。粗雑、大雑把、適当の化身の様であったお主が、成長したものじゃ……」
「えっ、私ディスられてる?」
「褒めておるよ……」
しみじみと呟いて微笑む師匠。
いや、良い感じの雰囲気醸し出しているけれど、一瞬「可愛い」って言いかけたのバレてるからね? 素直すぎる心の声に引っ張られる同志の姿が垣間見えたからね?
そして、リオの花丸百点満点の可愛い姿に心を浄化されたらしい師匠は一つ咳払いをして、背筋を伸ばした。
「逃げてばかりではいられぬな。弟子があの王子と半年向き合ったのじゃ、師が腹を括らんでどうする」
「しっ、師匠さんががんばるなら、僕もがんばる!」
「「おふぅっ!!」」
オッシャアそれでこそ師匠っ、とか、師匠に腹を括らせるとはすごすぎるエンジェルだぜ、とか言う前に、可愛らしく握り拳を挙げて見せたリオが最高アンド最高オブ最高イン最高だったので、私と師匠は仲良く撃沈した。
遺言は間違いなく師弟揃って「りおかわいい とおとい むり」である。
―――――………
「すごかった……」
「幸せじゃ……」
そんなこんなで、何とか復活(に至るまでにリオから「お、お姉ちゃん? 師匠さん? 大丈夫?」という優しさの極みすぎていつも天使だけど更に天使に見える尊いお声がけをいただいた)した私と師匠。
三人で額を突き合わせ『王太子レオンハルト迎撃作戦』決行日を決めた。
その日付を手紙に書き、封筒に入れる私を師匠とリオが不思議そうに見つめる。
「してアイリーンよ。それはどうやって届けるのじゃ?」
「いつもの鳩さん、いないよ?」
そんな二人の視線に、私は若干死んだ目をしながら「あはは、ちょっとした伝手がね」と言って細かいことは決して教えなかった。
リオは不思議そうに菫色の瞳を瞬いて首を傾げていたけれど(うーん、その仕草、マーヴェラス)師匠はちらりと窓の外に視線を投げてから「アイリーン、お主……」みたいな顔をした。
くっそ、やっぱり師匠にはバレるか。
ちらちらと飛び回る艶やかな黒蝶。そこに漂う精霊の気配。ものの本質を見る目を持つ師匠は誤魔化せそうにない。
伝書鳩ならぬ伝書蝶として仕事をしてもらうのは、当初の予定通りノワールの蝶であった。
あとで頼まなきゃいけないので死んだ目になるのである。くそぅ、夜になったらこっそり行ってすぐ帰ろう。私は今日もリオと寝るんだもんね。
さて、予定についてはこれで決定。私は手紙を昼食を入れてきたバスケットにしまい、残っていたお茶を一気に飲み干した。
氷を入れたからめっさ薄まってた!!
「よしっ、リオの成長っぷりを見せてくれるかな?!」
そう言うとリオの顔がパァァッと輝く。
「うんっ、見せるよ!!」
あひょんっ、可愛いかよ。
―――――………
三人揃って庭に繰り出すと、リオがぱたぱたと一番に広いところへ走っていってこちらを振り返った。
「見ててね、お姉ちゃん!」
控えめに言って天使~~~~~!!
夏の日差しにきらきらと輝く金の髪、眩しげに細められながらもこちらをしっかりと見つめる目。
光そのものみたいに、ふわふわきらきらしているこんな可愛い子が私の弟とか幸せすぎる。なんでこんなに天使なの?
「えいっ」
そんな可愛い掛け声と共に、リオの周囲に展開する魔力。一瞬の間を置いて、それらが赤々と鮮やかに燃える炎となる。
「『火球』」
鍵言、そして炎が球形をとり、火を収めた鬼灯みたいにリオの周囲に浮かんだ。ゆらゆらと空気を揺らがせて、リオの菫色の瞳に一片の赤を投じる炎。
その出来映えは、学園で見た生徒たちの球形魔法にも劣らない、とても上手なものであった。
「わぁ……とても綺麗」
私が思わずそう呟くと、リオの顔が更にパァァッと輝いて、堪えきれない笑みに頬が赤くなった。
ふわりとその場で一回転しながら、踊るように炎を揺らしたリオが肩をすくめるようにしながら「うふふ」と笑う。
ッア゛ーーーーッ!!!!
可愛いっ! 可愛いが過ぎて心臓が爆発しそうです!! いや、もう爆発しましたのでスペアの心臓を持てぇぇっ!!!
「お姉ちゃんの魔法も見せて!」
「ヴッ、勿論!」
今私は色々と極まって爆ぜそうなので、テンションぶち上がりのままに魔力を展開。青々と練り上げたそれを使って今年一番の大技『海龍』を構築する。
夏の炎天に映える清流。飛沫は白く輝いて振り撒かれ、煌めく青の龍は顎を大きく開きながら空を舞った。
「ほぉ……これは見事じゃな」
空に踊る『海龍』を見上げ、師匠がそう呟く。ふふん、とそちらに目を向ければ、きらきらと耀く瞳で空を仰ぐリオの姿が目に入った。
「すごい……」
薄く開いた唇から漏れた溜め息。あどけない憧れを宿した表情にほのかな色気が重ねられ……っおわぁぁ大変素晴らしく尊い様子ですありがとうございます!!
あ、そうだ。考えていたけど属性の関係で学園では試せなかったことをやってみよう。
私は上空の『海龍』へ向けて手をバッと開いて向けた。海水の龍が宿す魔力を別の属性へと変換してみる。
想像するのはさっき見たリオの鮮やかな紅蓮の炎。よし、行けそう。
「『海龍』変身だっ!!」
ぶわっ、と海水の青い水面が逆立って色を変える。鮮やかな青は目映い赤へ、飛沫の白は一片の橙に。
「わぁぁっ、変わった!!」
リオが歓声を上げる。ふふふ……リオが喜んでくれさえすれば全てが成功、オールオッケーなのである(合掌)。
空を舞う『海龍』は、この炎天に負けない熱を持つ『炎龍』に変わっていた。
火属性魔法はあまり馴染みがないけれど直前にリオの魔法を見ていたから上手にイメージできたみたい。
「おお、お主、やるのぅ」
「ふふ、成功して良かったです」
最後に手を一振り。炎の龍を光の塊に変えて弾けさせる。きらきらと降り注ぐ銀の光の粒たちにぴょんぴょん跳ねながら手を伸ばすリオ。尊い。
師匠と一緒に「たまらねぇや」とにまにま眺めていたら、跳ねていたリオはハッとしてこちらを見る。
「お姉ちゃんすごい! とってもかっこよくて、すごくきれいで、ええとええと」
興奮冷めやらぬ様子のリオは私に駆け寄りながら言葉を探していたが、やがて丁度いい言葉が見つからなくなったらしく、私にぎゅーーっと抱きついた。
「僕、とっても感動した!!」
「おふんっ……」
きらきらとした顔で私を見上げるリオが尊すぎて、私は慈母の微笑みを浮かべ、立ったまま一瞬気絶した。
はぁぁ……供給過多……
本日の遺言はやはり「りおかわいい とおとい むり」に尽きる。
ちなみに、作者の王太子殿下に対する印象は
若干馬鹿ではあるが学力面での馬鹿ではないという評価とその血統と至宝レベルの顔面ゆえに何があっても食いっぱぐれることのない奴
であります。




