第5話.ショタコンと久々師匠
白い朝日が目蓋をくすぐる。
もう朝かぁ……と思って目を開いたら、目の前に天使がいた。
窓から差し込む陽光に、きらきらと金糸の様に輝く髪。繊細な飴細工みたいな同色の睫毛が、白くまろい頬に影を落としている。
穏やかな寝息すらたまらなく愛おしく感じてしまう、そんな寝顔であった。
朝からこんな最高に美しくて可愛いショタの寝顔を見てもいいのか……世界中のショタコンが血涙を流して羨むぞ、これ。
ぼんやりとした寝起きの頭に、リオの寝顔はぽかぽかと浸透してくる。やがて、その最高具合がきっちりと脳の隅々まで届いて私の意識は完全に覚醒した。
こんな朝から完璧なショタァァァッ案件である。
実家に帰省したことを思い出し、私はガバッと跳ね起き――ながらも健やかに眠っているリオは起こさないという器用さ――拳を握ってサイレントに叫んだ。
生きてて良かったぁぁっ!!
今日も元気に生きていけそうである。
――――………
朝食を終えた私たちは、昼食を入れたバスケット片手に師匠の家へ向かった。久しぶりで、なんとも嬉しい気分である。
ご機嫌に鼻唄を歌いながら歩くリオをニコニコ見ていたら、ハッとして頬を赤くしたあと「そんなに見ちゃだめ」と言われ、私は「ぐほぅっ」とエア吐血した。何これ可愛い。
「私も沢山のことを習ったから、師匠に見てもらうんだ」
「僕にも教えてね、お姉ちゃん」
「もちろん!」
そんな感じでうふうふやり取りしながら歩くうちに、森の中へ入り、やがて懐かしの師匠ハウスが見えてきた。
「あっ、師匠ー!!」
家の前の切り株、見慣れた定位置に師匠がちょこんと腰かけてこちらに手を振っている。
私とリオは並んで師匠の元へ駆けていった。思った以上に……と言うか記憶にある以上にリオの足が速くてお姉ちゃんは嬉しいですよ……
「戻ったか。元気そうじゃの」
「はい! 師匠も変わらずお元気そうで何よりです!」
「うむうむ、一段と逞しくなったようじゃのう」
にこにこと言葉を交わし合った直後、突然師匠が一瞬で『海波』を展開。青くうねる壁が立ち上がった瞬間に、私の魔眼から飛んだ魔力が青を喰らった。
無害な魔力に転じてふわりと霧散する師匠の魔法。はーっと溜め息を吐いて、私は微笑んだ。
「いきなり何するんですか!!」
「うむうむ、衰えておらんようじゃの。魔眼は学園では使わないかと思ったのじゃがなぁ」
「結構使いましたよ! それ含めて話しますけどいきなり撃つのはやめてくださいかなりビビりました!!」
「お姉ちゃんかっこいい!」
「えっ本当? ふひひ、それほどでも」
菫色の目をキラキラ輝かせて私を見上げるリオ。こんな可愛い子に褒められていいのかしら、幸福が押し寄せすぎて今すぐに死にやしないか私。
「できると思って確かめたまでじゃ。さあ二人とも、入りなさい」
「「はーい」」
師匠に続いて、私たちは師匠の家に足を踏み入れた。ドアを閉めるときに、ちらと振り返ったら森の木々の合間を黒蝶がひらひらと飛んでいるのが見えたが、私は「何も見なかったぜ……」という顔をしてドアをしっかり閉めた。
――――………
暖かみのある木のテーブルに備え付けられた椅子にリオと横並びで、師匠の向かいに腰を下ろす。左にリオ、いつもの定位置だ。
あらかじめ用意していてくれたのか師匠はティーポットを手に取り、お茶をいれてくれる。めっちゃ丁度良い温度だった。
「……さて、何から聞こうかのう」
「全部話していたら日が暮れるので、師匠が気になることをどうぞ……と思ったんですけど一つだけ先にいいですか?」
隣でリオが大人しくお茶を飲んでいることに最高にほっこりしつつ、頷いた師匠に向けて「えーとですね」と気まずい話をすることになった。
「レオンハルト殿下がもう一度師匠に会いたいと言ってました。予定を合わせるから日付を決めたら連絡してくれと」
途端、師匠の眉間に、ギュンッと音を立てそうな勢いで思い切りしわが寄った。
それはもう清々しいまでの表情変化であり「嫌です×100」と言う気持ちを全力で示している。
参ったな……と隣のリオに視線を向けた私は、こちらを見上げながら師匠のものにも引けをとらないレベルで眉間にしわを寄せた弟の顔に「アッ、この話してなかった」と己の失敗を悟った。
きゅっと引き結ばれた唇、困惑の乗った瞳の色。不安げに伸びてきた右手が私の手にそっと触れる。
ヒュッ……(息を吸い込む音)
おわぁぁぁっ! 不安にさせてごめん! 駄目なお姉ちゃんでごめん生まれ直すとこからやり直してきます!!
ちなみに、どんなに顔を顰めていてもリオは人類共通の宝と言っても良いほど究極に可愛いので、私は我慢できずにその眉間を指先でつついたのであった。
「ごめんなさい、緩衝材も無しにいきなり言って。ええとですね、学園生活を通して自分なりに殿下を観察したんです、私」
「お姉ちゃん、大丈夫だったの……?」
「う゛っ……うん、何とかね。ありがとうリオ」
私は「うーん控え目に言って最高ぷりちぃ!!!」と叫びそうになるのをお茶を飲むことで押さえ、顔を顰めたままの師匠に視線を戻す。
「結論としてはリオより子供だなぁ、的な感じなんですけれど、かなり成長してました。今回の話も、まずは、師匠に謝りたいって……」
師匠の青い目が細くなった。何それ嘘でしょ、と言いたげな表情である。
私もきっと、学園に行っていなかったら「それな!」と同じ表情をしたはずだ。第一エンカウントがアレで、三年で成長したとは考えがたいものね。
「彼を庇うわけではないですよ。私も『取り敢えずリオにも謝れ』と条件を提示しましたしね」
「……僕、あの人にあいたくない」
「うん。だよねー、無理して会わなくて良いよ」
リオの心が健やかであることが一番なので、師匠とお話したいならリオに謝ってねと言いはしたが、リオが拒否したらそれまでなのさ!
「なんか、師匠に探してもらいたい人がいるらしいです。どうしましょう?」
「……まず、一つだけ良いか?」
「はい」
師匠は微妙な表情で一つ咳払い。
「わしも会いたくないんじゃが」
「ですよねー」
レオンハルトの師匠訪問は前途多難そうである。




