第4話.ショタコンの帰省
林の合間の道で辻馬車を下り、村への道を荷物片手にぽこぽこ歩いていく。結構な重さだけど鍛えてるからね、余裕。
日が少し傾いてきて、まだ明るいけれど夏の夕方らしくなってきた。ジゼット村は大陸でも結構北に位置するから、じっとりと照りつける様な陽射しはないけれど、やはりそれなりに暑い。
そんな中で、懐かしの土や緑のにおいを乗せて森から吹いてくる爽やかな風。涼しさを楽しむ心に、帰ってきたのだという実感が湧いてくる。
帰る日については事前に手紙を送っているので多分大丈夫なはず。いきなり帰ってきて実家がてんてこ舞い、なんてことはないと思うけど……
「あっ! 帰ってきたわ!!」
「おっ!!」
「えっ、あっ!!」
考え事をしながら歩いていたら、村の入口が見えてきて、そこに立っていた母さんと父さんが大きな声を上げた。私はびっくりして同じような音量で応える。
そして――――
大きく手を振る母さんの隣で、私の最愛が菫色の目を真ん丸くしてこっちを見ていた。
「リオ!!」
「お姉ちゃん!!」
全力で名前を呼び、荷物をドサッと半ば落とすように地面へ置いて、しゃがんで両腕を広げた私の元へ、金の髪をふわりと風に揺らして駆け寄ってくるその姿。
腕の中に飛び込んでくる温かな重みと爽やかな草花の香り。学園生活中、何度も会いたいと心の中で叫んだ最愛の弟。
あぁ……尊い……尊すぎる。
「ただいま、リオ!!」
「おかえりっ、お姉ちゃん!!」
喜びいっぱいな花咲く笑顔。紅潮した柔らかな頬を撫でるようにくすぐれば、きゅっと目を閉じて可愛らしく「ふふっ」と笑う。
はぁ~~? 可愛すぎやしないか??
私の中の全私が歓喜。どう足掻いてもリオは天使だ、異論は認めない。
えっ、こんなに可愛くて大丈夫? 四ヶ月半くらいか、そのくらいの時間で、背が少し伸びている。若木の如し健やかさじゃん。
最高だ、リオが健やかにすくすく成長してくれるだけで私は明日も生きていける。
もう少し小さかったはずなのに、しゃがんだ私と丁度目線の高さが同じくらいになったリオ。けれど、その全身から溢れでる様な可愛さはまったく変わらず、金の髪を撫でればふわふわと柔らかい。
ぎゅーっと抱きしめ合っている状態から少し身を退いたリオが、その菫色の丸い目を細めて私を見つめる。
「僕、僕ね、お姉ちゃんに話したいことがたくさんあるんだ」
「うん、私もだよ。いっぱいお喋りしようね」
「それに、できるようになった魔法も、たくさんあるんだよ」
「流石リオだね。勿論、全部見せてほしいよ」
「それと、それとね……」
一所懸命に言葉を紡ぐリオが、言葉を探すように小さくて桃色の唇をもにょもにょ動かしながら、その手をこちらに伸ばしてきた。
ここに至るまでの過程ですでに「仰げば尊死」状態だった私は、ゆるゆると遠慮がちに伸びてくる両手を見て「かかかっ、可愛い、なに、なんのお手々なの?!」と心の中では跳ね回りつつ、リオの手がゆっくり近づいてくるという状態を堪能できる幸せを噛み締めていた。
そして……リオの両手が私の両頬に優しく触れる。目を丸くして固まった私を真っ正面から同じ様な丸い目で見つめ、ゆるりと一つ瞬きをするリオ。
「……元気に帰ってきてくれて、ありがとう、お姉ちゃん」
くしゃりと柔らかく笑みの形に崩れる表情。眩しいものを見るように細められた目と微かに漏れた嬉しそうな笑い声。
リオは私の頬を優しく捕まえたまま、白くて形の良い額を寄せてきてこつんとおでこをくっ付ける。
それから彼は一歩退いて、固まっている私を見て「くふふ」と肩をすくめながら悪戯っぽく笑った。
ぬわぁぁぁぁぁっ?!
え、何この可愛いすぎる生き物。
こんな最高に可愛い子が私の弟でいいのか。私は世界一幸せだ……軽率に世界のすべてをあげたくなる。
ただいまって、おかえりって、そう言い合ってから抱きしめ合ったのに、まだ心配だったのかな。それを正面から見つめ合って確認したと……柔らかく相好を崩した瞬間の可愛さよ。何よりも輝かしくて、脳内にハレルヤが響き渡ったよね……
しかもさっきの悪戯っぽい笑い方。いつの間にそんな、私の心臓を撃ち抜いてやまない威力を持つ笑い方を身に付けたの……ああ違う、私はいつも撃ち抜かれていました……可愛いがすぎる。
私は全力で慈母の如し穏やかな微笑みをキープしたまま、バクバクと鳴り止まない心臓に「止まれっ、あ、止まったら死ぬから止まらず静かになれっ」と念じた。
それなりに表情は取り繕えたと思ったが、完璧には抑えきれなくてニマニマしちゃったと思うし、つい溢れた魔力が私とリオの周りに花を咲かせている。
「おうちに帰ろ、お姉ちゃん」
「可愛い……ごほん、うん、帰ろう!」
おっといけねぇ、つい本音が。
そうして私はリオに手を引かれつつ、母と父と合流して実家に帰宅した。
やっぱり母さんのご飯が一番美味しくて落ち着く。自分の部屋も綺麗で(リオが率先してお掃除してくれていたんだって何それ尊すぎて鼻血が出そうありがとう(ノンブレス))夜はリオと話しながら一緒に寝ることになった。
ベッドの中に、自分のじゃないもう一つの、小さいけれど健やかで確かな体温があると、とても安心するし幸せだ。
私が「今日は一緒に寝よう!」と提案したときの、パァァと効果音が付きそうなくらいのリオの表情の輝き具合は最高に最高だった。
無事に実家へ帰省!
明日はリオと一緒に師匠のところへ行ってレオンハルトが来ることを伝えなきゃ。
あらかじめ予定を入れていい日を教えてられているので、その内のどこかに決めたら手紙をくれとのこと。
鳩持ってねぇです、と言ったらレオンハルトは「暇そうにしている精霊でも使えばいい」と言っていた。
寝る前に窓の外に黒い蝶がひらひら踊っているのを見たので、その郵便方法は無事に使えそうである。
ノワールに関しては、取り敢えずリオに近づかなきゃいいや。黒蝶を見ても、綺麗な蝶々だねぇで済まそう。
一応色々と考えていたが、私はあくびを一つしてゆっくりと眠りについた。




