第42話.ショタコンの帰還
お屋敷破壊の弁償と潜む邪神ファンが恐ろしくて逃走しようとしていたところへ、攻略対象たちの豪華セットが届いて私は思わず固まってしまった。
すぐに息を吹き返して、彼らを確認しつつ足音を忍ばせながら歩き出したところをメルキオールに見つかった。
私を捉えるピジョンブラッド。彼は呆れたようにレオンハルトの腕をつついてこちらを指差した。
あーーっ、困りますっ、メルキオールさん!!
お屋敷破壊したから弁償ねっ、とか言われたらどうすんだぁーーっ!!
確かに私が壊しましたけどーーーっ!!
彼らの到着時間と距離的に、多分竜巻の魔法を見られている。状況証拠と物的証拠が揃ってしまったような感じ。まずい。
は、吐く息が震えるぜぇ……私は必死に頭を動かした。何とか、何とかしなければ。
と言うか、多分私が闇の淵から意識を引っ張り戻せた原因これだな。攻略対象の豪華セットなんて、近づいてくるだけで項がピリピリするもん。
そうこうしているうちにレオンハルトがこっちに歩み寄ってきた。いやぁーーっ! 肩をトントン叩いて「見ーたーぞー」って言うんでしょ?! やめて、来ないで!!
「アイリーン……」
死刑宣告に等しいのに微笑むな!
ごめんなさい、本当にごめんなさい。許してください。不可抗力です、だって命かかってるんだもん!!
あーーーっ、抱・き・寄・せ・ら・れ・る!!
私のライフはゼロよ。思わず「ごめんなしゃい」って小さい声で言っちゃったけど聞こえなかったみたい。
「無事で、良かった……」
えっ……?
私は少し混乱して身動ぐ。
もしやこれは、お弁償フラグ回避?
そんなことを考えていたらレオンハルトが両腕に力を込める。たくましい彼の腕は震えていた。
「もう大丈夫だぞ……俺が、俺たちが、来たからな」
えっ。
「殿下……」
弁償代わってくれるんですか?!
いやぁ、自意識過剰じゃないけれどレオンハルトは婚約者のジェラルディーンに睨まれながらも、私に少なからず好意を寄せていることを知っている。
私は清く正しいショタコンだし、ジェラルディーンとは友達なので勿論お断りなのだが、彼はなかなかめげないやつだ。
そんな相手が弁償変わるよと言ってくれている……? 確かに王族だもんね、この国一番のお金持ちだよ。
いやいやいや、流石に駄目だ。ここで彼のご厚意に甘えることはできない。人として駄目だろう。何たって私は清廉なショタコンなのだから……
だから、住人(仮)のせいで壊しちゃったから多分裁判で勝てるよ、と伝えてみることにした。
「あの、ご厚意はありがたいんですが、このお屋敷、邪神ファ……信徒のものみたいですし、破壊は不可抗力というか……」
「……ん?」
「で、ですから、どこにも弁償は求められないと思います……」
「……ん?!」
私を抱きしめていたレオンハルトがガバッと身を引いて私の両肩に手を置く。その美貌に浮かぶのは完全なる困惑。むむ、私何か変なこと言ったかな?
「アイリーン……?」
「はい?」
「その、お前は、何の話を……?」
きょろ、と視線をレオンハルトの背後にずらす。ギルバートが溜め息と共に額に手を当てて首をゆるゆると横に振っていた。
更に、メルキオールの「うわぁこんな馬鹿初めて見た」みたいな顔。めちゃめちゃ失礼では?
私はそれらを見てからレオンハルトに視線を戻した。
「お屋敷、壊したから……べ、弁償だよって話じゃ……?」
レオンハルトの翠玉の瞳に更なる困惑が浮かび、やがて彼の表情はゆるゆると苦笑に変わった。
「その、だな。それに関してはお前が気にする必要は無いぞ?」
「へ……?」
マジですか?! おーーいえいっ!!
勝った……もう心配することはねぇ……
「じゃ、じゃあ、その瓦礫のとこに、多分二人くらい邪神の信徒がいるかも……」
もう何も怖くない。このテンションのノリで王太子殿下にチクったろ。
私の言葉を聞いて、メルキオールが瓦礫を植物たちを操ることによってどかし始めた。サラサッタは彼の寮生だから言いにくいなぁ、どうしようか。
「……ここはドロマミュール伯爵邸だ。アイリーン、お前を拐った者を見たか?」
ああ、そこまで知られているんだ。というかサラサッタのお家だったか……
「サラサッタ、を。でも彼女は学園に侵入した方の信徒ではなくて、本体の方は顔は分からないけれど男でした。そこそこに若い感じで……」
「そうか。分かった、ありがとう」
レオンハルトの背後で、瓦礫をどかしながらメルキオールが顔を顰めた。もしや自寮の生徒の名前はほとんど把握してる系なの? 普通にすごい。
「殿下、どうやら犯人たちはここには残っていないようだ!」
そしてガバッと顔を上げたエドワードがそう報告し、レオンハルトが舌打ちをしてここでの調査は切り上げとなった。
そのあと、六人は無事に学園に戻ったのであるが――――
「あ゛ーーっ!! パーティー終わってるやんけぇーーーっ!!」
心配で美貌を青褪めさせていた二人の友人に迎えられたアイリーンは、悲痛な顔でそう叫ぶことになった。
「あら? アイリーン、髪飾りは……」
「えっ、あっ、お花消えてる!!」
「……発動したのね」
「この守りの魔法が発動するような目に遭ったのですね……?」
「えっ、あ、だからあの時……っ、ラタ? ジェラルディーンも、顔怖いけど……」
「まったく許しがたい話だわ」
「ええ……ジェリー、こちらは私の手で調べてみます」
「わたくしも勿論そうするわ。情報は時々でいいから共有しましょう」
「ええ」
「あのっ、え、二人とも、何の話?!」
「ふふふ、アイリーンは知らなくて良いお話ですわ」
「ひえっ」
アイリーンの髪から消えた薔薇。
ラタフィアとジェラルディーンのために考えた守りの魔法が、まさか自分の意識を闇から引きずり戻して助けるために発動するとは。
つまりは、相手方の攻撃にアイリーンが徒手では対応しきれなくなってきているということ。
優雅なる令嬢二人は『精霊の愛し子』や邪神信徒の勢力等の事情に関して今までは知らなかったが、今回の件でノワールと出会い、彼が初対面のジェラルディーンと事情を知らぬラタフィアの前で口を滑らせたことによって大体の事情を把握した。
飄々とした態度を崩さないでいるつもりだった闇の精霊も、実のところアイリーンが拐われたことに心中穏やかではなかったのだろう。
彼は言った――……「俺の愛し子」と。
精霊がただの人をそう呼ぶことは有り得ない。
そして、アイリーンを愛しげにそう呼ぶ精霊に、警戒はしつつも驚くこともなく言葉を交わすレオンハルトたち。
そこに“邪神の信徒”という言葉が出てきてしまえば、聡明な彼女らがアイリーンの正体に気づくことは想像に難くない。
(アイリーンは『精霊の愛し子』……)
(気味の悪い者たちが執拗に狙うのも分かるわね)
(私たちが守らなければいけませんね。あの美しい友人を)
(……待ってちょうだい、『精霊の愛し子』ならば、別に水寮である必要はなかったのではなくて?)
(ふふふ、仕方がありませんわね。私の運の方が良かったということですわ)
(笑うんじゃないわよ! まったく……)
寮への道を三人で歩きつつ、パーティーが終わって美味しいものが片付けられていたことにしょんぼりしたアイリーンを間に挟んだ二人は目だけでそんな会話をしていたのであった。
何にせよ、これから期末試験が終われば夏期休暇となる。その間に、何らかの策を講じる必要があった。




