第37話.ショタコンの受難(4)
ワルツが終わり、宣言通りエドワードはすんなりダンスフロアから私を解放してくれた。ピシッと礼をして、私の手に口付けを落とした彼は「貴方の時間を俺にくれたこと、感謝する」と言って微笑むと颯爽と去っていった。
はぁ~……疲れた。そしてお腹空いた。
まさかギルバートだけでなくエドワードとも踊ることになるとは。
ヒロイン、呪わしい体質である。心臓を狙われる代わりに、魔法技能においてチート級と言う恩恵がある『精霊の愛し子』と違って、何の恩恵もなく、やること為すこと全てが全力で望まぬ結果に繋がっていくことがほとんど、と言う呪いだ。
ちょっと何か飲んで一旦クールダウンしよう。丁度美味しそうな炭酸を運んでいる給仕の人が通り掛かったので細身のグラスを一つ貰う。
ぷちぷちと泡が弾ける薄桃色の飲み物。華やかな香りがして素敵だ。よく冷えているのが一目で分かる。私はその華やかな香りを吸い込んでから一気に飲み干した。
「んー……おいしい。何味か、分かんないけど」
もう一杯ほしいなぁ、と思ってさっきの給仕の人を探したら、その人は見つからなかったけれど同じ様なグラスが並んだテーブルを見つけることができた。
薄桃色以外にも、薄黄色や薄青、薄緑なんかもあってとても綺麗。全部味が違うんだろうと思い、飲み比べれば一つくらい味が判別できるのではと考えた私は片っ端から飲んでみることにしたのであった。
―――――………
「ん~……わからん! おいしいから、きにしないけろ」
色々飲んでみたけれど、独特の味わいがあって結局フレーバーは分からないという切なさ。舌のせいだろうか。そう言えば何だか舌が上手く回らない気がする。
「あつい……」
ちょっと外で涼もう。大広間の端の小さな戸から外へ出ると中庭の端を通る散歩廊下があるのだ。パーティー中の今なら人気も無いだろうし行ってみよう。
「んふふ。にぎやかで、いいなぁ」
とてもいい気分だ。きっと、美味しいものを食べたり飲んだりしたから。さっきも飲みまくりながら、その近くに置いてあった色々な種類のチーズとか、しょっぱいけれど熟成された感じのするお肉とか、たくさん食べたもんね。
若干ふわふわするのは美味しいもののせいだろう。だって美味しいものは何よりのハッピー……あいや、ショタの次のハッピーだな。ま、私をふわふわさせるって点では違いはあまりない。
「すずしい」
するりと戸を抜けて外へ出る。途端に会場の熱気から一転、ひやりとした外気が火照る肌を少し冷やした。
芝の生え揃った庭の端を通る屋根付きの散歩廊下。白い石製で、等間隔で並ぶ柱の間から庭に下りることができる。
「ひといないなぁ……ん~?」
散歩廊下を歩いていると、先の暗がりに誰かが立っている。柱に背を預け、こっちを見ているみたいだ。創立祭の参加者にしては、正装じゃないから違和感がすごい。
ひらひらした黒の薄衣。所々に施された金の刺繍が見事で、青褪めた様にも見える白い肌に良く似合っていた。なんだか見たことあるぞ。
「よ、久しぶりだな。パーティーはどうした? 早々に飽きたのか?」
「ん~……のわーる、か。あきたんじゃないよ、すずしくしにきたの」
宴の喧騒から隔絶された宵闇に、ゆらりと光る金色の蠱惑。人ならざる者の双眸の色に私は溜め息を吐いた。
さらりと流れる黒紫水晶の長髪を揺らして、こちらに近づいてくるノワール。白い手が伸びてきて、そこに光る金環の触れ合う玲瓏とした音が耳を心地よく涼やかにくすぐった。
「君、何か変だぞ」
「なんらと。いきなりしつれいな」
「ほら、呂律が回っていない。酒でも飲んだか」
「ろれつ……? ろれつってなんらっけまいける……」
教えてマイケルー。
私がにへらと笑いながらそう言うと、目の前のマイケルならぬノワールは片眉を跳ね上げて、不思議なものを見る目をした後に溜め息を吐いた。深い深い溜め息であった。
「あのな、俺の前でそう可愛らしく振る舞ってくれるのはとても嬉しいが、今夜は気を付けた方がいいぞ」
「かわいいっていうなー」
「君の心臓を狙っている奴等が動き回っている気配がする。これほどに人が多いと俺は大っぴらに動き回れない。だから気を付けてくれ」
「のわーる、じゃしんふぁんなんてなー、こうして、こうして、こうらっ!」
師匠との修行で鍛えられたパンチをシュンシュンと披露して見せる。何だかとても楽しい。魔導士相手の戦闘だから、まずは喉を潰して次は鼻だ、ふふふ。
「そんなへにょへにょパンチでどうするつもりなんだ……はぁ、仕方がない。酔いが覚めるまでここにいろ」
「なんれやっ! わたしはごはんをたべにもどるのらー!!」
「そんな状態で飯の味が分かるもんか」
「わかるもん! ごはんはさいこう!」
「はぁ……もういいから大人しくしていてくれ、たのむ」
ノワールの手が肩に回る。うーん、と抵抗を試みたが、何故か身体が上手く動かない。もしやこいつ、何かしやがったな。
私を引き寄せたノワールの身体は全体的にひんやりとしていて、楽しい気分でほかほかしている私の肌に心地よい。彼が静かになったので私もじっとしていることにした。
それにしても、いくら飲んでも味が分からないって変な飲み物だったなぁ。少し苦味もあったけど、植物由来感のある爽やかさだったし、結局正体は謎である。
「……ふふ」
「……どうした、アイリーン」
「おいしいと、ふわふわするよね。のわーる、わかる?」
「この状態の君と会話するのがとても難しいということしか分からない」
まったく、変なことを言う奴だ。
再び深い溜め息を吐いたノワールは、私の頭に頬を寄せて「まあ、悪い気分にはならないな」と言う。それがくすぐったいので私はクスクス笑いながら身をよじった。
「……ん、誰か来るな」
「おきゃくさん? ははー、わかった。とむれしょ」
お見通しだぜ、と私は笑う。ノワールの溜め息。それから呆れたような声がかけられた。
「トムじゃないよ、アイリーン嬢」
「て言うか、やっぱりそいつと仲良いんでしょ」
金の頭と黒い頭。苦笑した橄欖石と馬鹿にしたような紅玉だ。
やって来たのは、きっちりと正装をしたアーノルドにメルキオールだった。まったく、次から次へと忙しいなぁ。
「なんら、あなたたちかー」
「アイリーンはかなり酔っている。目を離すなよ。俺は行くからな」
「ぅおっ。なにするんら!!」
二人に向けて何か言ったノワールに去り様、額にキスを落とされたので文句を言ったがすでにその姿は夜闇に解けて消えていた。行き場のない文句の余韻が涼やかな風に流される。
「うっわ、酷い酔っぱらいじゃん」
「なんらって?」
「これは確かにここにいた方がいいね」
何やらごちゃごちゃ言って、二人は私の両サイドに立ち、私の腕に自分の腕を絡めた。連行される宇宙人だ! うわぁ、実験される!
取り敢えず、どうにかしてこの場を離れよう。きっとここにいたら面倒なことになると思う。私の勘は良く当たるのだ。特に今は、なんか冴え渡っている気がするし。




