第35話.ショタコンの受難(2)
話しかけられてもそっけなくして、時々「はよ行けや」って視線をやってたらレオンハルトが大人しくなった!
明らかにしょんもりしているが、彼のような無自覚に周りの人の胃を爆撃しがちな人は黙っていた方が良い。
ふふ、私の勝ちである。
こうなれば空気が読めて、気遣いができるジェラルディーンが早々にこの場を離れようとしてくれるに違いない。
その時だった。何故かふと目を引かれた先に、三人の女子生徒が――各々豪奢なドレスを纏っているので貴族の令嬢だろう――こちらを見ている姿があった。
彼女らは何やら嫌な笑みをその顔に浮かべており、こそこそと囁き合っている。
「あらあら、お可哀想に」
「目の前で他の女に話しかける姿を見せられるなんて」
「しかもあれは平民ではなくて?」
むっ、まさかこれは……
「仕方がありませんわよ。あの方は火属性の家系の娘でしょう?」
「そうですわ。嫌でも“カローレの悲劇”を思い出させられるでしょう」
「悲惨な事件だったらしいですからねぇ」
これは明らかにジェラルディーンへ陰口である。彼女らの言う“カローレの悲劇”が何だかは知らないけど、滅茶失礼で許されないことを言っているのは分かる。
しかもこちらにギリギリ聞こえるような音量で!
ジェラルディーンは気にしていないようで、私の視線の動きを見てゆるゆると首を横に振った。
「それなのに何故陛下は婚約を許したのでしょう?」
「家柄の問題でしょうか」
「あらあら、結局どちらにとっても、これこそ“悲劇”ですわ」
「「「おほほっ!」」」
私は思わずギリッと目に力を込めてそちらを睨み付けてしまった。チーム陰口の一人と目が合う。
その一人が目を鋭くして口を開こうとした瞬間。
「聞こえているぞ」
珍しい低い声で言って、レオンハルトがそちらを向いた。その手がさりげなくジェラルディーンの細い腰を引き寄せている。
レオンハルトが怒るとは考えていなかったのか、チーム陰口は三人揃ってビクッと肩を揺らし「い、いえ」「私たちは別に」「殿下のことでは」と言い訳をし始めた。
しかしレオンハルトは、さっきまでのヘタレ面はどこへやったのか聞きたくなる様な厳しい表情でそちらへ近づいていく。
「俺の前で、俺の婚約者を侮辱するだけでなく、“カローレの悲劇”についても話すとは良い度胸だな」
「っそんなつもりは!」
「俺の許可なく勝手に口を開くな」
「も、申し訳ありません!」
「言い訳も謝罪もいらん。即刻出ていくが良い」
「っ……」
怒鳴るわけでもなく、ただ底冷えする様な怒りの気配をその身から放つ魔力に乗せて、レオンハルトは言い放った。
命令をすることに慣れている、人の上に立つ者が持つ独特の気配。喉を掴まれる様な圧迫感が、チーム陰口を襲っていることだろう。
上機嫌にへにゃへにゃ笑ったり、しょんもりしたりしていない彼の無表情はさぞ怖かろう、と彼の背中を見ながら私は思った。
何も言えなくなったチーム陰口は、真っ青になったままそそくさとその場を去っていった。
「大丈夫か」
「ええ。お気遣い、感謝申し上げますわ」
「構わん。あれは俺への侮辱でもあったから」
「……だとしたら、些か寛大すぎるのではありませんか?」
「ここで面倒は起こしたくない。あれで十分だ」
「そうですか」
そう言葉を交わし合ったレオンハルトとジェラルディーンがこちらを振り返った。
「すまないアイリーン。楽しい気分を台無しにしてしまったか?」
「あっ、いいえ。むしろ、すっきりしました」
「そうか……なら良かった」
「お似合いですねぇ、二人とも」
「なっ」
私の言葉にレオンハルトは目を見開き、ジェラルディーンは苦笑している。
「さあ殿下、参りましょう」
「あっ、待て、ジェラルディーン……アイリーン!」
見事に連れていかれた。なはははは。
さてと、ローストビーフに、会いに行きましょうかね。
そんなこんなでゲットしたローストビーフは、とろけるみたいに美味しかった。




