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第1話.ショタコンの転生

初めましての方は初めまして。

そうでない方はどうもこんにちは。

勢いとショタコンヒロイン、そして時々の甘々をお楽しみください。


 突然に溢れた感情の乱れが呼んだ風が、ふうわりと銀糸の長髪を揺らした。

 目の前には、姉が唐突にピシリと動きを止めたことに困惑して「おねえちゃん……?」と小首を傾げる幼い少年がいる。


 たった四歳の弟。ふんわりとした金の髪に丸い菫色の瞳をした可愛い弟リオ。


 あっ、あっ、無理、直視できない、眩しい、目映い。かわっ、可愛いっ、ショタァァァァッ!!! 


 そして私はアイリーン。たった今前世の記憶というものを取り戻した、一人のショタコンである。



―――――………



 私の前世は、日本と呼ばれる国に生きる普通の女子高生だった。

 名前は何故か思い出せない。ただ、享年となる十七歳までの、だいたい四、五歳からの記憶ははっきりしている。

 まあ、そちらの記憶はしっかり思い出すと郷愁の念にかられるので、目を瞑っておこうと思う。


 死んだことも、その瞬間も悲しいくらいに明確に覚えていて(つら)い。

 いつもと変わらない朝、いつもと変わらない通学路、いつもと変わらない眠さと気だるさ。

 そして何より…………


 いつも変わらず愛らしいショタたち。


 あはん、尊い。


 まだ彼等の身体には大きなランドセルを背負い、じゃれあいながら小学校へと向かうその可愛さよ。


 大丈夫、まだ高校生だし犯罪じゃない。見守るだけ。ノータッチだ。うん、犯罪じゃない。

 脳内で誰にともなくこんな言い訳をしながら私は歩いていた。



 私がこんな重度のショタコンになってしまったのには原因がある。


 小学六年生の時、見た目は爽やかイケメンのクソペド野郎に、明らかに欲情した熱い眼差しを注がれながらその車に引きずり込まれかけた。

 それは習字教室の帰りのことで、幼い私は何とも運良く文鎮を手に持って遊びながら帰っていたのである(普通に危険だ)。

 生まれて初めて向けられた類いの欲望に身体は恐怖で固まろうとした。

 しかし、私の身体は何故か「あ、その前に」と手にしていた文鎮で相手の頭を殴りつけた。


 まさか小学六年生の女の子に反撃されるとは思っていなかったらしく、どさりと車の外に倒れたペド野郎のどことは言わないが急所を思いっきり踏みつけて、私は逃げた。


 それから、年上、そしてまさかの同い年にまで恋愛的な興味が欠片も湧かなくなってしまったのである。

 その代わり神が私に与え給うたのは、自分より年下の……更に言えば明らかに年下と判断可能な年の頃の少年に「愛おしい、尊い」と感じる心であった。


 それは二次元だろうが三次元だろうが関係なく。

 前の私の命日となったあの日、前日の夜遅くまで同じくショタコンの親友(彼女の場合は犯罪臭がする)が貸してくれた乙女ゲームをやっていて、とても眠かったのを覚えている。


 『月花と精霊のパラディーゾ』洋風ファンタジーの世界観で魔法学園ものという舞台設定、美麗なイラストと作り込まれたストーリーによって人気を博している乙女ゲームだ。

 性格、容姿の優れた六人の攻略対象を、銀糸の束の様な長髪に琥珀を嵌め込んだ様な蜂蜜色の瞳をしたヒロインが落としまくるというもの。

 しかし、私と親友の目的はその六人との甘いラブストーリーなどではなかった。


「この乙ゲーな、おまけの隠しキャラが最高なショタやねん」


「え、やります」


 私たち二人の間にはこんなやり取りがあった。こんなこと囁かれたらやるしかないよね? 王子が囁く台詞より甘いもんね。


 上記のような邪な理由があり、私は猛スピードでフルコンプを目指しているところだった。

 そのため、ストーリーは何も頭に残っていない。攻略サイト片手に工場作業に近い勢いでやっていた。

 ただ、神秘的で儚げな美少女のヒロインが良い子すぎて、その忍耐力だけは心に印象深く残っている。

 うじうじする男なんて、さっさと見捨てれば良いのにと何度思ったことか(そのうじ男が誰かすら覚えていないが)。


 そんなことを考えつつ大あくびをした私の目に、一人の小学生男子の姿が飛び込んできた。

 見るからにしょんぼりと肩を落として、その背中はとても寂しそうに見えた。


 友達と喧嘩でもしたかな?


 この住宅地を抜けた先には大きな道路がある。当然車は多く、俯いて歩く少年が心配だ。

 私の歩幅と、とぼとぼ少年の歩幅では当たり前に私がどんどん彼に近づいていくことになる。

 …………何かすると思った? するわけないでしょ。ちゃんと横断歩道渡りきるまで見守るだけ。そう、見守るだけね。



 信号が青になると少年はやはり俯いたまま横断歩道を歩き始めた。私もその後に続いた次の瞬間。

 視界の端に、猛スピードでこちらへと突っ込んでくる大きな物が映った。ハッと気づいた――トラックだと。


 少年もそれに気づいたのだが、顔を上げて見るなりピタッと固まってしまったのである。

 全てがスローモーションになった気がした。トラックの運転手が眠っているのも見えた。呪ってやる。

 私は全力で足を二、三歩踏み出し、少年の背中を思いっきり突き飛ばした。かなりの勢いで飛んで転ぶ少年の背、視界の真横にはトラックが迫っている。


 あー……間に合わない、か。


 物凄い衝撃が私を襲った。

 その時、あちこちで骨が軋み、折れて砕けた感覚は鮮明に思い出せてしまう。

 まるで人形みたいにいとも簡単に吹っ飛んだ私の身体は暫く飛んで、ずしゃーっと道路に赤い線を引いて止まった。


 本当に運が悪いと思う。私はその時もまだ意識があった。

 それでも、その悪運のお陰で会社と自宅にいるお父さんとお母さんに向けて「ごめん」って呟けたし、とぼとぼ少年が無事だったことも知れた。

 これで無駄死にじゃない。


 本当に、お父さん、お母さん、ごめんなさい、ごめん……なさ……い……


 そこで前世の記憶はぷっつりと途切れている。私は確かに死んだのだ。



―――――………



 よし、現状を整理しよう。私は混乱しすぎているし、目の前にいる“今の”弟であるリオもかなり困っている。


「おねえちゃん……? 大丈夫?」


「うっ」


 ふらふらと木の椅子に腰を下ろした私の膝にそっと手を乗せて、上目遣いで心配してくれるリオ。可愛すぎて心臓止まるかと思った。

 青いロングスカートの膝に置かれたその小さな手に自分の手をそっと添える。


「ごめんね、リオ。多分、大丈夫」


「ほんとう?」


「うん。ありがとう」


 何が引き金だったか分からないけれど、前世の記憶を取り戻して今世の今までの記憶を失わなくて良かったと思う。

 異世界転生って本当にあるんだなぁと感慨深く思いつつ、私はリオの頭を撫でた。


「ん……ふふ、おねえちゃん、だいすき」


「うぐっ」


 目を細めたリオが頬を赤くしてそう言った。攻撃力が高すぎる。このままでは本当に心臓が止まりかねない。


 それにしても……


 私は胸を押さえながら胸元に流れ落ちている自分の髪を眺めた。見事なまでの銀髪である。

 そして私の目は「琥珀を嵌め込んだ様な蜂蜜色」で、私は自分で言うのもおかしい話だが神秘的で儚げな美少女であった。


「ねえリオ? 私たちが暮らしているこの国の名前は何だっけ?」


 私はなるべく穏やかに、不自然にならないように訊ねる……いや、めっちゃ不自然だよ。いきなり今住んでる国って何て名前ーって訊いてくるなんておかしいだろ。


「え? ええと、バイルダートおうこく、だよね」


「あふっ……」


 あれぇ?

 『月花と精霊のパラディーゾ』の舞台である王国と同じ名前だね。ついでに言っておけば私の名前はアイリーン(変更可能)ってやつだよね。


「うん、すごいね。じゃあ、今の王太子殿下のお名前は?」


「ええと、ええと……レオンハルトおうたいしでんか!! ぼく、おぼえてたよ! えらい?」


「あっ」


 はいはい、もう逃れられない気がしてきたよ。王太子レオンハルト。王道のメイン攻略キャラクターである。


「えらいね、リオはすごいよ」


 撫でてほしいとばかりに突き出されるふわふわの金髪の頭を撫でて、私は窓の外を眺めた。


 ……おそらきれい。


 私はどうやら乙女ゲーム『月花と精霊のパラディーゾ』の世界に転生したようだ。


 平民の美少女アイリーン。十六歳になったら行くことになるであろう国立の魔法学園で判明する彼女の特異な体質が、彼女を陰謀に巻き込んでいくのである。


 その特異な体質とは『精霊の愛し子』と言うもの。

 全属性の魔法を操ることができ、精霊に愛される魔法世界の寵児である。


 私は今十三歳。入学まで、あと三年しかない。


 修行しなきゃ……攻略対象になるべく近づかないように、黒幕に誘拐とかされないように、強くならなきゃ。


 何に変えても守りたい愛おしい弟と、この世界での両親がいるのだ。

 私はこれから改めてアイリーンとして生きることをしっかり受け入れた。

 絶対に、このチート体質を活かして強くなってやる。


完結済みの耽美系本格ファンタジーが主力作品ですので、そちらも是非よろしくお願いします。

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