96 白月浜神社の二人
すみれは、こうしてはいられないと思った。祐介さんにいくつかの事実を伝えに行かないと、と思った。香苗の誘いには曖昧に答えておいて、お礼を言うと、白月浜神社の鳥居に向かって走り出した。
すみれは、巨大な鳥居をくぐった。そして中へと入っていった。中は、石段の上に、赤い日本橋がかかっていて、その橋の下には池が広がっていた。色とりどりの鯉が泳いでいる。池の真ん中に亀の形をした岩があり、五円玉が沢山乗っている。橋の先には、赤い楼門がそびえ、おそらくその先に祐介はいるのだろう、とすみれには思われた。
すみれは走った。楼門を抜けると、三方が回廊のようになっていて、中央に舞台があり、正面には本殿が重々しい檜皮葺きの屋根を下ろしている空間に飛び出た。その先に、祐介の後ろ姿があった。
「祐介さん!」
すみれはずっと祐介に会えていなかったように感じられた。祐介のもとに走ると、祐介はちょっと驚いた顔をしたが、すぐにほほ笑んだ。
「すみれさん!」
ふたりは、駆け寄った。
「どうしたんですか」
「知らせたいことがあったんです」
祐介は頷くと、すみれの話を聞いた。伝承の話、梶原の覆面作家の話、野々村清司の話、どれも関心深く聞いてくれているようで、すみれは安心した。そんなことですか、と祐介に冷たく言われたら、すみれのガラスのハートはたちまち砕けて落ちてしまうことだろうから。
「どれも重要な手がかりです。伝えに来てくれてありがとうございます」
すみれは安心して、胸を撫で下ろすと、本殿の方を眺めた。本殿は奥行きがあって、どこがどうなっているのかはよく分からないが、霊験あらたかな空気が漂い、おそらく、ご神体が祀られているのだろう、と思った。
「もう参拝しましたか?」
祐介はその言葉に振り向いた。
「まだです」
「それなら……」
すみれは言った。
「一緒に参拝しましょうよ」
祐介は、その言葉に微笑んだ。
「そうですね」
ふたりは階段を登り、賽銭箱の前に立った。祐介が縄を掴んで揺らし、鈴の音を鳴らし、すみれは二礼二拍手し、合掌すると
(祐介さんと結ばれますように)
と願った。隣にいる人物との縁結びだから、叶いそうな気がする。祐介も神妙な表情で何かを願っている。それを見て、すみれは、
(祐介さんもわたしとの縁結びを願っているのかな……)
と期待した。
参拝を済ませると、すみれと祐介は階段を下りた。すみれはまだ浮かれていた。自分はまたとないほど幸せだと感じた。見上げると、巨大な青空が白月浜神社を包み込んでいると感じた。
「祐介さんは何をお願いしたんですか?」
とすみれは鼻歌が出そうな調子で尋ねた。
ところが祐介は、
「すみれさん、亡くなった人のことを忘れるにはどうしたらいいのでしょうね……」
と悲しげな声で、小さく呟くように言った。
すみれははっとした。その時分かってしまった、祐介がまだ白石詩織の死を整理できずに苦しんでいることを。彼女の死の悲しみが癒されて、いつか忘れられるようになることを隣で願っていたのだ。
すみれは複雑な気持ちを禁じえなかったが、祐介の気持ちを優先して、
「忘れなくていいんですよ。だって、その人は記憶の中で今も生き続けているんですから……」
と言った。
祐介はその言葉に頷くと、舞台の前に立ち止まり、すみれの顔を見ると、
「ありがとう」
と言って、微笑んだ。




