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94 梶原の秘密

 金村香苗が飲んでいる甘酒が、すみれは気になったので尋ねてみると、どうも冷やし甘酒らしい。熱い甘酒なんて、こんな夏場に飲めないのだ。

 店先にかけられた風鈴がチリンと鳴った。


 香苗は、門前の店並みを眺めているが、突然嬉しそうな声を弾ませた。

「あれ、未空ちゃんじゃない?」

 すみれは再び、聞き込みに苦戦している父親と未空の姿を遠くから眺めた。土産物屋の店先で、鉢巻きをしたおじさんが熱心になにかを説明しているが、根来拾三が疲れた目をおじさんに向けながら、小さく頷いている様子を見ると、あまり大した情報ではないらしい。未空に至っては、キーホルダーが気になるのか、横を向いている。


「あ、そうです。未空ちゃんです。その隣にいるのがわたしの父親……」

「あの子、可愛いよね。わたし、あの子のこと、結構好きなんだ……」

 言い方が妙に色っぽかったので、すみれはドキリとした。香苗の方をみると、意味ありげに微笑んだ。もしかして、香苗は女の子が好きなのだろうかと妄想させるなにかがあった。しかし、すみれはこういうことをどう考えてよいのか、分からなかった。


「一昨日、梶原さんもここにいらしたらしいですよ」

 とすみれは苦し紛れに話題を変えた。

「そうらしいね。でも、わたし、あの人嫌い」

 と香苗は、芸術家らしく好き嫌いをはっきりと口にした。

「えっ、嫌いというと、どういうところが……」

 すみれは物言いのはっきりした人が苦手なので、戸惑いを覚えた。

「こんなこと言うと犯人かと疑われちゃいそうだけど、あの人ね。絵の才能がまるでなかったんだよ」

「絵の才能がない……? だって、長谷川東亜先生の弟子なんでしょう?」

 すみれは、香苗が嫉妬しているのではないか、と疑った。香苗は、絵描きだが、長谷川東亜の弟子ではないのである。それに対し、梶原は長谷川東亜の弟子なのだ。


「そうそう。若い頃はけっこう描けたのよ。でもね、だんだん生活が乱れていったの。お酒、女性、ギャンブル。男性を狂わせる三種の神器みたいなものね。そしたら描けなくなってきた。ある時に彼は自分の才能に絶望して、他の人に製作を依頼するようになったの。それで、他人に描いてもらった作品を自分の作品と偽って売ったの。そっちの方が売れたから、だんだん癖になっちゃったみたいですよ」

「覆面作家がいたんですか……」


 これは重要な新事実ではないか、とすみれは思った。そっくりな少女の伝承だけでは新事実として弱いが、この話とセットであれば、祐介さんに走って伝えにいっても不自然ではない気がする、とすみれは思った。

「その話って有名なんですか」

「ううん。でも、気付いている人は気付いていたよ。長谷川東亜先生は何も言わなかったけど……」


 香苗は、黒いシャツがよほど暑苦しいのか、団扇でぱたぱたと首元を煽ぐ。すると、窮屈な黒シャツと上品な花柄のブラジャーに硬く締めつけられながらも、襟元から露わになっている、白桃のような大ぶりの乳房が柔らかに揺すられ、(つや)やかに波打つありさまは、まるで色気を強調しているかのようである。往来の視線を集めてしまっている。勿論、多くの人は気まずそうに視線を外すが、露骨に眺める人もいることを思うと、すみれは気が気でなくなる。

「本当暑いねぇ。こんな時には洋服なんかすっかり脱いじゃって海に飛び込むのが一番なんだけど……。もう海には入った?」

「まだです」

 今さらそんな精神的な余裕はないし、すみれはそもそも最初から海に入る予定などなかった。


「根来さん。今度、海で遊びましょうよ。白月浜で海水浴しないなんて損ですよ」

 と香苗は言いながら、未空をちらりと見る。そこになにかしら下心のようなものが感じられて、すみれはなんといってよいのか、分からなくなった。香苗は、未空に本当に惹かれるものがあるらしい。それがどういう種類の感情か分からないだけに危険な香りがぷんぷんする。


 こんなスタイルの良い人と、海に行くのは死んでも嫌だな、とすみれは思った。やはり夏場は、エアコンの冷房が効いた室内でアイスキャンディーを食べるのが一番良いのだ、とすみれは思った。

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