93 香苗は甘酒がお好き
すみれは興奮した状態で、白月浜歴史資料館から飛び出したが、白月浜神社の鳥居の前まで来ると、これは自分が思ったほどの偶然でもなかったのかもしれないと思った。
というのは、長者が自殺したことや、渚が病で死去したことは今回の出来事と符合していない。類似しているのは、行方不明の少女と、そっくりな少女が現れたところだけである。その程度の偶然がなんだというのだろう。そう考えると、すみれは急に恥ずかしくなってきた。
しかし、今更資料館に引き返すのもなんだ、と思っている。かといって、一人、抜け出して祐介に会いに来たというのも露骨な気がして、急にこっぱずかしくなった。
(それに祐介さんが喜んでくれるか、分からない……)
すみれは次第に自信を失って、鳥居の先へと進むことがどうしてもできず、そこから逃げるように、参道の方へとふらふら歩いて行った。
見ると、饅頭屋の店先で、父の根来拾三と未空が店員のおばさん相手に、なにか話を聞き出している。そのコンビが、あまりにも不似合いだったので、暗い気持ちにも関わらず、すみれは押し殺した声でぐふふっと笑ってしまった。
(まったく、変なコンビ……!)
ただ、あのふたりに加わるのも気が引けて、どうするというわけでもなく、他の店先を冷やかしながらうろつくことにした。
「あっ」
甘酒屋の店先を見た瞬間、すみれは声を上げた。
そこからあの長谷川東亜記念館で受付をしている金村香苗が出てきたのだ。香苗も驚いた様子で、こちらを見ている。彼女の手には、甘酒の紙コップとビニール袋が握られていた。
香苗はいつもの珍妙なメイクや、コスチュームはしておらず、常識的な黒の半袖シャツ姿に帽子をかぶっているせいか、愛嬌のある健康的な美人であることがよく分かった。ロングスカートも似合っていた。相変わらず、黒いシャツ越しにも分かるような、豊かな膨らみが、ブラジャーのホックが外れそうなほど前方に張り出し、大きく開かれたシャツの襟から、乳白色の美しい谷間を覗かせているのが大胆な印象を与えた。暑さのせいで、一筋の汗が垂れている。しかし、それをあまりいやらしく感じさせないところがさすが芸術家と言う気がする。こういう人は、イタリアの彫刻のように裸体でも恥ずかしいと思わないのかもしれない。
「ああ、根来さん。あなたも神社にいらっしゃったのですか」
「ええ。そういう金村さんはどうして? 受付をしなくていいのですか?」
「当面の間、記念館は休業になりました。残念ながらね。でも仕方ないですよ。今日は、東亜先生が酒かすを買ってきてほしいと仰しゃるので、お使いにきたんです」
「へえ」
長谷川東亜が現在、どうなっているのかも気になるところだ。なにしろ、死体を谷底に捨てるよう秘書に指示を出したのだから、死体遺棄に当たるのではないか、とすみれは思った。
「先生は何か罪にはならなかったのですか」
「それはまだ分かりません。でも、死体を運んだのは、執事たちですからね。東亜先生が指示をしたという証拠は実際どこにもないんです。執事たちも自分たちが勝手にやったと言ってますし……」
それもひどい話だな、とすみれは思った。
香苗はふふっと笑った。その微笑みは大人の色気があるようだった。銀粉がふりかけられた金星人こそが香苗の真の姿なのかもしれないが、現在のモダンな美人姿の方が、世間の受けはいいだろうと思われた。




