91 展示室の問答
すみれと胡麻博士は、笠間という名前の学芸員に案内されて、白月浜歴史資料館の展示室を歩いた。そこには、白月浜神社や浄念寺に伝わる宝物などが、三部屋に渡って展示されていた。
薄暗く、モダンな展示室には、ガラスケースがいくつも並び、現代的な照明がその内側を照らしている。そこには金剛杵という仏教の宝具が鈍い光を宙に放っていた。
すみれは、歴史に詳しくないので、胡麻博士と笠間の会話を聞いていても、何が何だか分からなかった。
「そうですか。ほうほう、すると当時の密教のことですから、祈祷の際には……」
「ええ、勿論それはそうなのですが、浄念寺の方でもそうした人物の帰依を受けるというのは……」
「江戸時代になると檀家との間で……」
「幕府からこうした法度が下されたというわけですので……」
「ご利益があるといっても、こう不吉なことが続いては……」
何を言っているのかまったく分からない。すみれはこれが事件の捜査なのだろうか、と思った。胡麻博士の用事に付き合わされているだけじゃないか、会話に参加することもなく、犬の散歩のように連れまわされているだけならば、いっそのこと、祐介さんのもとに行ってしまいたい、とすみれは思った。
巨大な屏風に、鎌倉時代の白月浜神社が描かれている。上空から神社を見下ろしている構図で、参拝している人々や川なども描かれている。
胡麻博士と笠間は、その屏風を前にして、熱心に話し込んでいる。
「あ、あの!」
すみれは一歩、二人に歩み寄った。二人は振り返り、きょとんとした表情で、すみれを見つめる。
「一昨日、ここにこういう人物は来ませんでしたか?」
とすみれは、被害者の梶原と国吉の写真を鞄から取り出し、笠間に見せる。笠間は、いきなりなんだろう、という怪訝な表情で、それを見つめて、首を横に振った。
「いえ、わたしはずっと奥で研究をしていたので、どなたがいらっしゃったのか知らないのですが……」
すみれは、笠間の発言に失望し、こんなところにいるべきではないと思った。
「じゃあ、受付の女性は覚えていますか」
「いえ、一昨日は、彼女はお休みだったので、お答えできる人物は今日ここにいませんね」
すみれは心の底から、馬鹿馬鹿しい、と思った。
「じゃあ、わたし、羽黒さんのところに行きます。あっちの方でなにか新しい情報があるかも……」
すると胡麻博士は、すみれを気の毒に思ったのか、彼女を気遣った口調で語り出した。
「まあ、お待ちなさいな。せっかく神仏の御心の下、みくじを引いて班わけをしたのだから。これも何かの縁。わたしとすみれさん、そして笠間さん、こうして三人が一緒にいられることの大切さを今一度考えてみましょうぞ。まさに一期一会というものです」
その言葉に笠間を感心したように深く頷いた。
「さすが、胡麻先生……。深いお言葉です。でも、お嬢さんを退屈させてしまったのはわたしに責任があります」
「いや、そんなことはありませんよ」
と胡麻博士は慌てて言ったが、笠間はかえって強情になる。
「いえ、そうなのです。あまりお時間を取らせてしまうのもなんなので、早速、本題に移りましょう。白月浜に伝わる狐の伝承について、でしたね。あちらに会議室があります。そこに資料をお持ちして、説明したいと思います」
と笠間の言うことも若干、ずれている気がした。すみれはどうやらまだ付き合わされることになるらしい、と思った。まあ、祐介さんが白月浜神社にいることは分かっているのだし、もう少し、この場にいてもいいか、とも思った。
三人は、会議室に向かった。




