79 つまらない漫才
工藤旅館も中川旅館に劣らず、古めかしい古美術のような印象を与えた。ただ中川旅館よりもいくらか高級な印象だった。
玄関横の人工池には、美しい鯉が二匹泳いでいる。それが闇夜の中で、ライトアップされて、水面の波紋が輝いている。静寂の中で、水音を響かせている。左横にはレトロな外観のカフェが一角を占めていて、それも夜の闇の中では、幻想的だった。玄関を入ってすぐの土間の正面にはフロントが付いていた。
このロビーには、吹き抜けの二階に通じる階段があり、その後ろには、一階の客室へと通じる廊下が左に向かって伸びていた。右側からは大浴場と食堂に通じる廊下が伸びている。その中途にはショーケースがいくつも並び、所せましと皿や壺、人形といった骨董品が飾られている。
二人は、すでにチェックインを済ませているから、外出時にフロントに預けた鍵を再び受け取って、二階の部屋に向かうだけだ。
ふたりは、鍵を開けて、部屋に入り、十畳間の畳の上に座り込むと、しばらく喋ることもなく、根来は茶を入れ、祐介はすみれのことをもやもやしながら考えていた。根来は、退屈してテレビをつけた。お笑い芸人がステージで漫才をしている。
『どうもどうもー』
『どうですか、皆さん、夏休みはいかがお過ごしですか』
『あ、そうだね、学生さんは今ちょうど夏休みだよね』
『宿題ちゃんとやってますかー』
『あー、夏休みの宿題ねー、あれね、なかなか終わらないんだよね。俺なんかもね、学生の頃は、最後の日に徹夜でやったクチかな』
『いるよね、そういうやつ。でも自由研究なんかは困らない?』
『自由研究かあー。確かに、俺も苦手だったなあ』
『それじゃあ、そんなお前に、俺が正しい自由研究のやり方、教えてあげるよ』
『本当、まじで。ありがとう! 教えて』
『おたふくソースとマヨネーズを持ってきます』
『うんうん』
『かけます』
『うん』
『まぜたらどんな化学反応が起こるか』
『たこ焼きの味になるだけだろ』
ベシッ。
『ぐはっ』
根来は、つまらなかったので、テレビを消した。このテレビ番組はローカルな生放送で、新人の発掘をテーマに、十日連続放送をしているらしい。根来はさらに退屈になった気がして、咳払いをすると、畳に仰向けになった。なんだか、時間がゆっくり流れている気がした。静かな場所に来ると時間はゆっくり流れるのかもしれない。
旅館の豪勢な食事を終えた後、根来は一人、大浴場に向かうことにした。祐介は疲れてしまって、部屋でくつろぐことにしたようだ。根来が、脱衣所で浴衣を脱いで、大浴場に駆け込むと、湯気で白く霞んだ景色の中に、すでに先客がいるのが見えた。




