7 下心のある写真家
未空の可憐な顔を見て、写真家はにっこりと笑うと、自分の顎を撫で撫で、
「あの、妹さんですか?」
とすみれに尋ねた。
「いえ……」
すみれは何と答えていいのか分からなかった。わたしの恋してる男性の妹さんです、と答える勇気はまったくなかった。かといって、刑事である私の父親が殺人事件の捜査中に知り合った私立探偵の妹さんなんです、と正確に答えるのも面倒くさい気がした。それにすみれはこの写真家がどこか信用ならない気がしていた。そこで、
「知り合いの子です」
とほとんど情報の込められていない不親切な答え方をした。すみれはこの男性に対して、警戒心を抱いていたので、この答え方は妥当な気がした。
男性はなんとも物足らない様子であった。ちらちらと未空とすみれを見て、なんとか話題を広げようとしているように、
「ところで、おふたりはどうしてこの美術館へ? 長谷川先生のファンなのですか」
と質問を続けた。
すみれはこの質問にも答えに窮した。すみれは未空に連れられてきたようなものだ。かといって、そのことをしゃべると、この男性は未空に根掘り葉掘り色々なことを聞くだろう。それは少し未空が可哀そうな気がした。しかし何も答えないのも角が立つので、
「いえ、あまり知らなかったんですけどね」
と言って、未空の方を向いた。
「私、知ってるよ、長谷川先生のこと。だから来たんじゃん」
といって未来はくすりと笑った。
「ほう。君が……。珍しいですね。その若さで長谷川先生の作品がお好きとは。まだ高校生ぐらい?……」
写真家は、会話が盛り上がってきたことに気を良くしたらしく、ちらりと妙な期待を込めた目で未空を見た。
「いえ、この子はもう成人していて、画家なんです」
とすみれは男性の発言が全体的に失礼な気がして、腹を立てながら言った。
「そうなのですか。いや、これは失礼しました。画家さんだったんですね。実は僕も芸術家の端くれなんですよ。写真家でね。香坂牧雄というんだ。君の名前は?」
と未空に尋ねる。
「羽黒未空」
と未空は正直に答えた。
途端に香坂の表情は驚きの色に染まった。そして、まじまじと未空の顔を見つめながら言った。
「羽黒未空だって……。いや、これって冗談ではないよね。羽黒未空ってあの有名な……?」
「そうそう」
「幻の画家の……。いや、これは驚いたな。こんなところでこんなすごい人に出会えるなんて。僕は付いているな。いえ、というのはね。今夜、僕は長谷川先生のご自宅に招かれているんですよ。軽いパーティーみたいなことをするんです。それで、是非、羽黒さんにも来ていただきたい。もちろんお姉さんにも来ていただきたいのですが。いえ、別に変な下心はないんですよ。ただ、羽黒さんがおいでになったら、長谷川先生も喜ばれると思うんですよね……」
未空は、憧れの長谷川先生と会えるとあって、目を輝かせた。すみれはこの子、そんなすごい画家だったの、と驚いて未空の顔を見つめた。
「行きます……」
と未空は頷きながら言った。