78 タクシーの中で
祐介は、白月浜グランドホテルのロビーで、根来拾三警部と合流し、明日は白月浜神社に行くことが決まったことを告げた。根来は、腹を下して、男子トイレにこもっていたらしい。こんな屈強な男性でも、腹を下すことがあるのだな、と祐介は思った。
ふたりは明日の予定を相談しながら、現在、自分たちの拠点になっている工藤旅館に向かうことにした。工藤旅館は、事件の起こった中川旅館の側にある。
ふたりはグランドホテルの玄関前のタクシーを一台捕まえて乗り込むと、温泉街に向かって、夜道を走らせた。
「明日は、白月浜神社か」
と根来がぼそりと言った。
「実は、こういう展開になるんじゃないかって予想していたんだ」
「というと?」
「いやな、被害者、国吉平治の鞄の中から、白月浜神社の御守りが見つかっていたんだよ。それがなんか、こう、印象的だったんだよな」
と根来は自分の直観について語りだす。
「白月浜神社ってところがどんなところなのか、よく分からないが、この白月浜では結構人気の観光スポットなんだろう?」
「そのようですね。被害者も観光案内所で、紹介されたようですし……」
「まあ、明日も忙しくなる。今日は早く飯食って寝ようぜ」
と根来は欠伸をする。
祐介は若干、眠れない気持ちになっていた。すみれとのことが気になっていた。今日再会した時のことといい、デラックスチョコバナナパフェを一緒に食べた時のことといい、すみれの好意がひしひしと感じられた。
だが、祐介は、それに気づかないふりをしている自分がいることに我ながら罪悪感を抱いていた。そもそも、半年前に東京で一緒に捜査をした時から、ふたりは友人以上の何かになったはずだ。ただ、祐介がお互いに恋愛感情ではないとうそぶくのには、祐介自身の過去にまつわるある複雑な感情があるからだった。つまるところ祐介は、自分の気持ちが分からなくなっていたのである。
(どうしようもない、今の自分には……)
祐介は、今は事件の捜査に集中しようと思った。そしてひたすら、すみれの気持ちがそういう類のものではないと自分に言い聞かせるのだった。そうすることで、あるプレッシャーが感じられなくなるのだった。
「羽黒、そういえば、さっきすみれと行動を共にしたんだよな」
「え、あ、はい」
「すみれ、お前に何か、言ってなかったか」
「何かって何をですか」
祐介が図星を刺されたようで、ドキリとした。
「いや、すみれ、今回の旅行を相当楽しみにしていたようだったからな。それが、お前が急に来れなくなって、代わりにお前の助手が同行することになった時、やたら落ち込んでいたんだよ。だから、最初は、よほどお前の助手のことが嫌いなのかと思っていたんだが、でも、なんかな、様子が、だからつまり、なんだってことはないんだが……」
と煮え切らないことを喋っている。祐介はその話を聞きたくないと思った。
「まあ、すみれさんとは、特に変わったことは話していませんよ。すみれさんは、英治との旅行に抵抗があったのかもしれませんね」
と、自分への好意を天邪鬼な心で、なかったことにしてしまう。
根来は、羽黒はすみれのことがあまり好きでなかったのかな、と子離れできていない男親としてはとりあえず安心なような、それでいて、娘の気持ちを思うと心配な気持になる。そして結局、すみれの気持ちがどうであれ、祐介がこの様子では、この先、二人は何にもならなそうな、そんな状況なのだろうかと思って、口をつぐんだ。
結局、根来も、祐介がこの時、何を考えているのかまったく分からなかったのである。
そこで、タクシーが止まり、
「工藤旅館に着きました」
とタクシーの運転手が言った。




