77 悲しみの表情
「なるほど。梶原さんも白月浜神社に訪れていたのですね。事件当日の午後のことで間違いありませんね」
と祐介は念を押した。
「ええ。その時に、お守りを購入したと言っていました」
「お守りですね。ちなみに彼は白月浜商店街にも訪れたとは言っていませんでしたか」
「それは言っていませんでしたね。食事は、白月浜神社の参道付近にあるお蕎麦屋さんで、きつねうどんを食べたと自慢げに言っていました。そのまま、長谷川東亜先生のご自宅に戻ったそうです」
祐介は、満足そうに頷いた。彼は他にも色々と梶原について尋ねていたが、もう十分だと思ったのか、高杉薫に礼を言った。
「ところで、英治に会いませんでしたか」
「英治さんですか。いえ、見ていませんね」
と薫はどこか冷ややかな口調で言う。といっても英治に興味がないのではなく、そもそも、これが薫の自然な話し方なのだ。
「そうなのですね。てっきり、あなたと一緒にいるとばかり思っていたのですが……」
「面白いことを仰いますね。でも、あの人はきっと、今頃、警察の事情聴取を受けているんじゃないですかね。彼も警察からしてみたら、事件の関係者の一人でしょうからね」
確かにそうかもしれない。試しに白月浜警察署にでも電話で問い合わせると、今頃、鬼刑事たちに囲まれ、意地悪く尋問されて、無実の犯行を自供させられているなんて、愉快ではない事実が分かるかもしれない。
「そうですね。まあ、殺されていなければいいんです。ご協力ありがとうございました。また、なにかありましたら、よろしくお願いします」
このようにして、話は終わった。すみれは、今回の高杉薫との会話を通して、捜査が進展したらしいことを感じて、嬉しくなった。
すみれと祐介がエレベーターの前に来ると、祐介が熱っぽい口調で説明を始めた。
「中川旅館で毒殺された国吉平治は、事件当日の午後に、白月浜神社を参拝していました。そして、長谷川東亜邸で刺殺された梶原氏も、やはり事件当日の午後に白月浜神社に訪れていたのです。二つの事件の関連がようやく見えてきました。今のところ、ふたりの共通点はこれしかありません」
「よかったですね」
「明日は、白月浜神社に赴いて、捜査を行おうと思います」
すみれはその言葉に頷いた。そして、すかさず、
「わたしも捜査に参加します」
と言った。
「えっ」
「わたしも未空ちゃんの無実を証明する手助けをしたいんです。お願いします!」
とすみれは、本心から言った。と同時に、この提案の影に、少しでも長い時間、祐介の側にいたいという気持ちが潜んでいることを感じて、我ながら罪深く思った。
「わかりました。でも絶対、無茶はしちゃだめですよ。今回は凶悪な殺人事件です。もしものことがあったら大変ですからね……」
と祐介は、本当にすみれのことを心配しているようだった。
エレベーターが最上階に到着したらしく、ドアがゆっくりと開いた。二人はエレベーターの中に入る。ボタンを押すと、エレベーターは吸い込まれるように降りてゆく。
「祐介さんは今夜、どこにお泊りなんですか」
とすみれは祐介に話しかけた。
「それが、事件の起きた中川旅館に泊まっていたのですが、現在でも、マスコミがたむろっていて、もはやあそこは安住の地ではないので、同じ温泉街にある工藤旅館と言うところに移動したんです」
「そうなんですね」
すみれは先ほどより自分の心がずっと落ち着いている気がした。このエレベーターはやけに静かに大地に降りていっている気がした。すみれはこうして、無事に、祐介と再会できたこと、そして、一緒にパフェを食べたことが真夏の夜の夢のように幻想的でノスタルジックな体験に感じられた。
そして、すみれは勇気を振り絞り、祐介の顔を見た。祐介もすみれの真剣な表情に気づいた。息を飲む。ふたりの間に美しい沈黙が生まれた。
そして、すみれは言った。
「また一緒に、パフェ食べましょうね」
祐介は、何かを察したらしく、ちょっと驚いていた様子だったが、すぐに嬉しそうに微笑んだ。この時の笑顔の素晴らしさはたとえようもない。
ところが、瞬く間に、その祐介の表情にある種の悲しみが浮かんできて、彼は曖昧に微笑んで、うつむいた。その悲しみが一体何を意味しているのか、すみれにはこの時、分からなかった。
そして、エレベーターはすみれたちの部屋のある階に止まり、ドアが開いた。すみれは不安をかかえたまま、廊下に歩み出た。背後で、祐介の声がした。
「じゃあ、また明日」
その声には、先ほどの悲しみの大部分が巧みに隠蔽されているが、やはり、かすかに寂しさが滲み出ていた。すみれが振り返ると、ドアがゆっくりと閉まってゆくところだった。そして、ドアは閉まり、祐介の姿はもう見えなくなった。
すみれはその悲しみの表情の意味が気になって仕方なかったが、答えはすぐに分かりそうもない。ただ、今夜は眠れそうもないな、とすみれは思った。




