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75 高杉薫の登場

 すみれはすぐにお腹が一杯になってしまった。結局、祐介が残りを食べることになり、チョコレートソースもキャラメルソースもごっちゃになったアイスクリームの溶けかけたものを、彼は黙々とスプーンですくって食べている。

 すみれはそれから、トイレに立った。女子トイレは店内の片隅にあった。トイレの中まで、美しくライトアップされていて、洒落たホテルらしいアロマが漂っていた。そして、すみれはカウンター席に戻ろうとしたところで、丁度、入店してきた女性に気づいて、足を止めた。

「あ、高杉さん」

 それは高杉薫だった。薫はすみれに気づくと、ああ、と小さく呟いて、

「奇遇ですね」

 と言った。まさに感動も何もないという声の調子である。


「ずっと探していたんですよ。あの、探偵の羽黒さんも一緒です」

 とすみれは興奮気味に言って、薫を引っ張り、祐介のいるカウンター席に連れてきた。

「祐介さん。高杉さんがいました」

「えっ、すみれさん、お手柄ですよ。どこにいらっしゃったんですか」

「わたしがお手洗いから戻ってくるときに、ちょうど入店してきたんです」

 とすみれは興奮して早口に言った。


 薫は、カウンターテーブルの上を見て、ふたりが一つのパフェを食べていることを察すると、

「お邪魔かもしれないので、わたしはこれで……」

 と立ち去ろうとした。

「いやいや……」

 祐介は薫を逃がすまいと、慌てて自分で席を立ち、右隣の席にずれると、三席あるうちの真ん中の席に彼女を誘導した。おかげで薫、はカフェを一緒に食べる仲良しカップルの間に挟まれるようにして、着席せざるを得なくなったのである。

「実は、高杉さんに色々お聞きしようと思っていたんです。未空の無実を証明するためにも、どうかご協力をお願い致します」


「はあ、あの、それは構いませんが……」

「今回、亡くなった梶原さん。彼のことを詳しく知りたいのですが……」

「ああ、梶原さんですか。彼は東亜先生の弟子のひとりで、高名な画家ですよ」

「なるほど。彼も、長谷川東亜先生の娘の渚さんに好意をもっていたのですか?」

「ええ、彼はもう、熱烈に求愛していた男性でした。ただ、渚ちゃんはあまり興味がなかったようだけれど……。なんというんでしょうね、梶原さんって、ちょっと空気が読めないんです。だから、一人で勝手に舞い上がっていた。そういうのって芸術家にとって致命的ですよね」

 と薫は、ふふっと可笑しそうに笑った。


「つまり彼は渚さんが嫌がっていることに気づかなかったと」

「ええ。だって、まあ、渚ちゃんは尾形乾吾君のことが大好きでしたからね」

「でも、その二人って、表立って付き合ってはいなかったのですよね」

「ええ、乾吾君にとって、梶原さんって先輩ですから、あそこで自分が渚ちゃんと付き合ってるなんて言ったら、どんな仕打ちが待っているか分からないもの。だから、渚ちゃんもあまりはっきりと梶原さんに嫌悪感を示さなかったんです。乾吾君に危害が及ばないように。でも、ふたりは裏では、とてもいい感じでしたよ」

 と薫は懐かしそうに言う。


「事件のあった日の夜、長谷川東亜邸では、梶原さんが「渚は俺のものだ」と言って、怒った黒川さんに怒鳴られたという話でしたね」

「そうそう。黒川さん、すごい剣幕でね。「殺してやる!」って叫んだんです。そしたら、梶原さんがその夜に、未空さんの部屋で死体となって見つかったでしょう? 正直、こうなるだろうと思っていましたね。まあ、だからと言って、黒川さんが犯人とは限らないけど……」

 

 すみれは黒川裕也を怪しく思ったが、梶原が何らかの下心をもって、未空の部屋に忍び込んだのなら、あの場で犯人に殺されてよかった、と思った。犯人は未空を守ったことになる。

 もしそうだとしたら、梶原も犯人も、未空を渚と思い込んでいたのだ。二人は、本当にそんなに似ているのだろうか。

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