73 セザンヌ
結局、英治の行方も高杉薫の行方もまったく分からないので、祐介は英治に電話をかけることにしたが、連絡がつかなかった。そもそも、二人は英治を探しているわけではなく、高杉薫を探しているのだ。英治を見つけだすのにこんなに労力を使っていては、本末転倒というものだ。そのことを忘れてはならない。
祐介とすみれは、白月浜グランドホテルの中を当てもなしに歩き回った。父親の根来拾三がどこにいるのかも一瞬、気にはなったが、すみれは父なんてどうでもいい気がして、放っておいた。祐介を隣にしているので、父のことなんて、すみれにとってはまさにどうでも良いことだった。
気が付くと、ふたりはホテルの最上階にある展望室に来ていた。ここもお洒落なカフェになっている。セザンヌという店名だった。薄暗い店内からは、巨大なガラス窓越しに、白月浜の夜景が一望できる。まさに先ほど、ふたりが言っていた夜景の見えるデートスポットなのだ。すみれはいざ、こういうシチュエーションになっると緊張してしまって、自然には振る舞えなくなった。
「こ、ここはまさにそんな感じのところですね」
とすみれは声を震わしながら言った。
「そんな感じのところ……? ああ、英治たちがいそうなところということですか。たしかに。でも、こんなところに二人でいたら、もう恋人としか思えませんね」
「ねえ」
すみれは思わず、にやけてしまう。
「でも、英治自身が、これは恋愛感情じゃないとはっきり否定していたんですよね。だから、ふたりはこんなところにはいないかもしれませんよ」
とは言いつつ、ふたりはもう二人を探す当てがなかったのと、非常な疲れから、店内でゆっくりすることにした。夜景を拝める窓際のカウンター席に並んで座った。無意味に高い椅子に座ると、すみれの足はぶらんと宙に垂れて、揺れた。そうすると疲労し、むくんでいた足が一気に楽になったようだった。しばらく、ブランコに乗っている気持ちで足を自由に揺らしていたが、祐介に残念な人に思われてしまうのではないかと思って、足を振るのをやめた。
前方に見えている白月浜の夜景は、とても美しかった。漆黒の海も、それを囲うようにして広がる浜辺も、その左にぎっしりと詰まった、星空のような街の輝きも、うっとりするほどの美しさで、濁りのない静寂を感じさせるのだった。
祐介は、手帳を取り出して、真剣な表情でそれをめくりながら、何事か考えている。すみれは、メニューを眺めて、何を注文しようか考えていた。
「すみれさん」
「は、はい」
「これは推理小説でいうところのミッシングリンクなんですよ。二人の被害者がどこかで会っていなかったか、接点はあるのか……」
「そうなんですね。それはたしかに気になりますね。ところで、あの、祐介さんは何か注文しますか?」
「え、僕はコーヒーでも……」
「じゃあ、店員さん、呼んじゃいますね。すいませーん」
すみれが手を振ると、髪を上品に結いあげた若い女性店員が歩いてくる。
「あの、コーヒーとデラックスチョコバナナパフェを一つずつ下さい」
「コーヒーはホットでよろしいですか」
祐介が手帳から目を離す。
「ホットでお願いします。いや、そう、ゆっくりもしていられないから、アイスで」
「では、ご注文を確認させていただきます。アイスコーヒーとデラックスチョコバナナパフェがおひとつずつですね」
すみれは自分の注文が若干浮いている気がした。それに、祐介が時間を気にしているのも気になった。祐介がアイスコーヒーを飲んで、さっさと店を出て行ってしまいそうで、自分に果たして、巨大なパフェをゆっくり味わう時間があるか、心配になった。
(大丈夫かな)
しかし、今、自分は憧れの祐介さんと夜景の見えるデートスポットに来ているのだ、この状況を楽しまないと、とすみれは自分を励ました。




