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70 卵の殻の上を歩くように

 祐介は、ロビーの中央で、心配そうな表情を浮かべてすみれを待っていた。すみれは胸を高鳴らせながら彼に近づく。祐介の姿が大きく見えてくるにしたがい、どうしようもなく、緊張してしまって、足が真っ直ぐ前に進まなかった。

(まずい……)

 すみれは、何かに操られたように、祐介から右に逸れて、不自然な位置に立ち尽くすと、

「あ、あの……」

 と言った。

「はい……」

「すみません。なんか、テンパっちゃって……。あの、事件の疲れのせいなんです」

「もう大丈夫なんですか?」

 祐介は、すみれが動転している様子なのが心配で仕方ないらしく、ソファーに座らせようとした。すみれは、こうして面と向かって、立っているのも緊張していられないので、ソファーに座るのは尚更、拒否した。それは彼と適切な距離を取れないから、いざという時にその場から逃げ出せないからである。草食動物の本能のようなものだろう。


「無理はしないでくださいね。何かあったら、僕に言ってください。ほら、お父さんも来てますよ」

 すみれは、祐介が自分の父、根来拾三のことをお義父さんと呼んでいるのか、と思って、一瞬、胸が高鳴ったが、そういう意味ではないことにすぐ気付いた。

 祐介が見ている方向には、ロビーの受付があった。そこに根来拾三のいかつい姿があった。大柄で筋肉質なせいか、横から見ると幅がある。受付嬢と何か話し込んでいる。

「町で聞き込み捜査をしたんです。でも、長谷川東亜たちのことはやはり関係者じゃないとわからないようです。それで、当日のパーティーにも呼ばれていた舞台役者、高杉薫にお話を伺おうと思って……」

 なんだ、高杉薫さんに会いに来たのか、とすみれは少し複雑な気持ちになった。捜査なら仕方ないし、そもそも恋愛とは関係がないのは分かっているけれど、好きな人が自分ではなく別の女性に会いに来たという状況が、理屈を抜きにして、嫌な気持ちにさせる。


「高杉さんは、ここのホテルに泊まっているらしいですね……」

 と、すみれは感情を押し殺して言った。

「今から部屋へ向かいます。すみれさんも一緒に来てくれませんか?」

「なんで、わたしが……」

 と辛さのあまり、つい冷たい口調で言いかけ、まずい、と思って、慌てて口をつぐんだ。

「そうですよね。女性から話を聞くのは、女性の方がいいですもんね」

 と、祐介に悪い印象を与えなかったかひどく気にしながら、すみれが、卵の殻の上を割らずに歩くようにそっと言うと、祐介はにこりと微笑んで、

「ありがとうございます。それでは、すぐに行きましょうか」

 と言った。すみれは、またしても祐介の感情が見えなかった、と思った。

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