69 動転するすみれ
相変わらずのロビーだった。天井には、シャンデリアが宝石のように煌めいている。赤いカーペットの上に、高級感のあるソファーが並んでいる。そこには誰もいなかった。オルゴールの音色が聞こえてきそうな、ロマンチックな静寂がロビーを冷たく支配している。
すみれは、ふらふらとした足取りで、そのソファーに近づくと、背もたれに倒れるように座り込んだ。
(馬鹿なことばかり考えている……)
すみれは、そう自分自身を批評し、ぐったりと脱力すると、目を瞑った。
祐介と歩いた上野恩賜公園のことが思い出された。あの頃は良かった。これほど緊張することも、思い詰めることもなかったが、そのおかげで、ふたりで自然に過ごすことができた。あれは事件の捜査に過ぎなかったけれど、今から思うとデートなのだった。
そういう関係であることが、あの時はそれほど価値のあるものだとは思っていなかった。今となっては、一緒にいられる時間も滅多にない。自分は群馬県の前橋に住んでいて、祐介さんは東京の池袋に住んでいるのだから。
すみれは自分の考えに、だんだん追い詰められてゆくようだった。
(祐介さん、祐介さん、祐介さん……)
すみれは寂しさから心の中でそう繰り返した。そして、何度か唱えた後に、
「祐介さん……」
と声を漏らした。
「すみれさん?」
と祐介の優しい囁きが目の前から聞こえた。すみれは、夢でも見ているような心地で、瞼をそっと開いた。そこには祐介の美しく精悍な顔が、心配そうに自分の顔を覗き込んでいるのだった。
(ぐえっ!)
すみれは、あまりのことにその場で立ち上がろうとして、足を滑らし、かえってソファーの背もたれに勢いよく倒れ込んだ。
「ゆ、祐介さん!」
どうにか、すみれはそう叫び、とにかくこの状況から逃れようともがく。
祐介は、明らかにこの反応に驚いた様子で、動転しているすみれを落ち着かせようと、彼女の両腕をそっと掴み、すみれの顔に自分の顔を近づけて、
「大丈夫、僕ですよ。落ち着いてください!」
と彼は事情をよく分かっていないだろうに、説得を開始しようとする。すみれは、祐介の顔をこんなに間近に眺めたことは今までなかった。
「だ、大丈夫じゃない……」
すみれはできる限り、この醜態を祐介に見られないようと思って、ぐいっと祐介を前に押し出すと、急いで立ち上がり、
「ちょっと気分が悪いので、トイレに行ってきます!」
と叫んで、女子トイレに一目散に駆け込んだ。
女子トイレは、右側には個室の白いドアが並び、左側には洗面台が並んでいた。
すみれは女子トイレに入ったといっても、本当に気分が悪かったわけではないので、個室には入らず、洗面台を前にして、深呼吸をし、冷静になろうとした。そして遅れて、襲ってきた猛烈な羞恥心と後悔の念に押し潰されそうになった。
(また変な行動を取ってしまった……)
すみれは、鏡を前に、乱れた髪型を整えると、どんな言い訳をしようか考えた。そして事件の疲労のせいだと言おうと考えると、こうしてはいられないとトイレから出た。




