67 偉大なる勘違い
根来すみれは、未空と共に、その日の夜、白月浜グランドホテルに戻ってきた。捜査の区切りが一応ついたからであった。勿論、未空の無実が完全に証明されたわけではなかったが、限りなく可能性が低いものとして認められたようだった。事情聴取も終わった。
父の根来拾三と羽黒祐介は、未空の無実を証明するために捜査に出かけたまま、音沙汰がない。
すみれは、白月浜グランドホテルの一室に未空と共に入った。電灯をつけると、洒落た室内が琥珀色に浮かび上がって見えた。純白のベッドが二台並んでいる。それも少し黄ばんで見えた。カーテンの外には、漆黒の海岸が見えている。
すみれは、白黒の格子柄の一人掛けのソファーに座った。そして、胸がざわめいているのを感じ、そっと手を当てつつ、それが未空に感づかれないようにした。
(こんな時に……)
すみれは、この非常事態の最中に、祐介と再会したことに動揺を感じてしまう自分を、罪深く感じた。しかし、とにかく、喜びと不安とが一緒くたになって、自分の心をかき乱してゆくのだった。
(まずい……、非常識だ……)
すみれは動揺していた。しかし、祐介はすみれに対し、それほど大きなリアクションを取ったようには見えなかった。それがすみれはひどく気になっていた。すみれの耳元にある声が響く。
(すみれさん、またお会いしましょう。だって、僕たちの将来は、まだまだ先が長いのですから……)
その言葉は、すみれが池袋駅で祐介と別れる時に、彼から言われたものだった。すみれは、その言葉に祐介の好意を感じていた。祐介の言う、僕たちの将来というものがはっきりとすみれには見えた。それは確かなものだったはずだ。しかし、こうして再会してみると、祐介はそれほど自分に反応しているように見えないことが、あまりにも不吉に思えた。
(あの言葉に、大した意味がなかった、とか……)
その途端、脳天を灰皿で打ち砕かれたような気持ちになった。思い描いていた希望が崩れ落ち、虚無的な絶望感が込み上げてきて、思わず、うっと低い声が歯から漏れた。
「そんなはずない……!」
とすみれは呟いてしまった。そして、しまった、と思ってベッドに座っている未空を見た。
「どうしたの?」
案の定、未空はすみれの異変に気付き、こちらを見つめていた。
すみれは、慌てて、首を横に振ると、作り笑いで答えた。
「大丈夫……、ちょっと疲れただけ……」
「ゆっくりした方がいいよ」
刑事に容疑者扱いされていた未空にかえって心配されて、すみれは、申し訳なく思った。将来わたしはこの子にお姉さんと呼ばれるはずなのに不甲斐ないな、とさえ思った。
そう思ってから、そんな輝かしい将来が果たしてわたしに待っているだろうか、と不安が込み上げてきた。
すみれは、事件のことよりも祐介のことで頭が一杯になったが、そのことは、未空には話せなかった。自信がなかった。もし未空に「お兄ちゃんはすみれさんのこと、恋愛対象に思ってないよ?」と言われたらどうなるだろう、とそのことが恐ろしかったから。
すみれは、不安で胸苦しくなって、ベッドに倒れ込むと、もがいた。プールで溺れているかのように、じたばたとしていると、未空が怪訝な顔をして、上半身を起き上げた。
「どうしたの……、大丈夫?」
「な、なんでもない!」
すみれは、茶髪をめちゃくちゃにしながら、どうにか冷静になろうと努めた。
「水を飲んでくるね」
すみれはベッドから降りると、冷蔵庫を開けて、ホテルのサービスで元から入っているペットボトルの一本を手に取って、蓋を取り、一口、飲んだ。
(振り回されちゃいけない。恋とは偉大なる勘違いなんだ……!)
とすみれは心の中で叫んだ。




