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61 イルカショー

 英治は、胡麻博士を傷つけてしまった、と思った。しかし、イルカ云々の話で何故、こんなに彼が傷ついているのかはまったく分からなかった。しかし、傷ついた理由が、自分にとって理解できるものかどうかなんてそんなことは関係がないのだった。自分は、胡麻博士がイルカを自宅の池で飼うという夢想を無残に打ち破った。それは確かに、礼儀に叶っていない行為だと思った。

 しかし、再度、この話を繰り返し、傷口を広げるのも何なので、英治は話題を変えて、少しでも胡麻博士の気持ちを癒そうと思った。

「どうですか、この頃、民俗の研究は……」

「研究は……、まさに今日は、そのために来たのです。この白月浜という街には、実に面白い歴史があります」

 と語り出した胡麻博士の顔は幾分、明るくなった。


「白月浜神社という神社が、この街の中心部にあります。実はそこに赴く予定だったのですよ。しかし、なんですかね、この白月浜という街は有数の観光地でありますから、せっかく訪れたのなら、観光の一つでもしていこうと思ったんです」

「それで、ここへ?」

「ええ、なにしろ、イルカショーがあるのですからね」

 と、徐々にまたイルカの話に引き戻されつつある。英治はその話題に触れることを先ほどの一件から恐れた。プールの中では、ぐるぐるとイルカの影がまわっている。


「到着したのは、今日ですか?」

「昨晩です。この地域の信仰を調べるために一週間は滞在しようと思っているんですよ」

 そう言って、胡麻博士は、旅行ガイドの冊子を鞄から取り出す。全体的に、観光をしたいという気持ちが見え隠れしている。英治は、へえ、と興味のない声を出してしまって、それが自分で気になった。そして、それを隠すように、

「どこにお泊まりですか?」

 と尋ねた。


「温泉街に、工藤旅館という風情の豊かな旅館がありましてな。とても満喫しているところですよ。あなたは?」

 と微笑みを浮かべながら語る胡麻博士はどこか浮ついたものを感じさせた。英治は、それを微笑ましく思いながら、

「白月浜グランドホテルに泊まっています」

「この近くのあの大きなホテルですか! それはいいなぁ」

 と胡麻博士は、子供たちの声が飛び交う中であることもあって、一段と大きな声を出して、笑った。それは、吹きすさぶ風に飛ばされながらも、はっきりと鋭く広がった。だが、すぐにバタバタという音がして、揉み消された。それは風で何かが揺れる音だったのだが、忙しないオーラが高まり、間もなく、イルカショーが始まるらしき気配が周囲を一気に包み込んだ。


「始まるのですかな」

 胡麻博士は、旅行ガイドが水に濡れないように、慌てて、鞄の中にしまった。そして、子供のようにはしゃいで、英治の肩を二回(はた)いた。

「イルカ……イルカ……」

 まるで、念仏のようにイルカの三文字を唱えた。南無阿弥陀如来の六文字よりも、今の胡麻博士にとっては、高尚な呪文なのだろう、と英治は柄にもなく、文学めいた批評をした。

 イルカショーの飼育員のお兄さんが横から走り出てきて、高らかな声で、挨拶をした。客席の子供たちや大人たちから歓声がわき起こり、胡麻博士は息を飲んだ様子で、そのお兄さんをじっと見つめていた。

 軽快な音楽が鳴り響き、ざばっという音と共に、白い水しぶきが宙に広がると、それを飛び越えるように、艶のある灰色のイルカが回転しながら、空に飛び上がった。

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