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57 苦肉の策

「国木田さん」

 祐介は、できる限り、本気でそう思っている風を装って、重々しい口調で話しかけた。

「はい?」

「どうも、気になっているのですが、被害者はそもそも本当に死んでいるのでしょうか。彼の死体は現在も回収できていないわけですが……」

 この珍妙な説には、国木田も驚きを隠せず、目を見開いた。

「何を馬鹿な。それじゃ、現在、谷底にあるのは梶原の死体ではないと仰るのですか?」

「ええ。例えばですが、谷底に見えている下半身が、精巧な人形だったとしたらどうですか」

「なんですって。人形? しかし、確かにあの廊下に梶原の死体が転がっているところを複数人が目撃していたわけですから……」

「いえ、その時、彼はまだ生きていたのでしょう。しかし、いわば瀕死の仮死状態だった。あるいは、もっと傷は浅かったのかもしれません。単なる演技で血のりに浴びて、倒れていただけなのかも。しかし、いずれにしても、彼を執事たちがどこかに運び去ってしまったことで一切は揉み消されてしまったのです。谷底に死体が? それはきっと精巧な人形ですよ。そして、彼はおそらく、今もどこかで生きています」

「そんな馬鹿な!」

 国木田は、このとんでもない推理を鵜呑みにすることを拒み、真っ青になりながら、首を横に振った。


「馬鹿ではありません。もし、彼が生きているとしたら、密室トリックはきわめて単純です。誰が施錠したのか。それは、被害者本人ですよ。未空が施錠する以前から洋室にでも、隠れていたのでしょう。そして、自分自身で体を切り刻んだわけで、彼は犯人の一味だったんです。だとしたら共犯者は、死体を運んだとされている執事と料理人の二人です」

「なんてこった。しかし、被害者が犯人の一味なら、自分を切り刻むはずがないじゃないですか」

 と国木田はまだ、合点がいかない。

「いえ、これは常人には理解しがたいものですが、中国の兵法で「苦肉の策」といいます」

「苦肉の策!」

「自らの体を痛めつけることで、容疑から逃れようとするものです。彼の場合は、死んだと周囲に思われれば、事件の容疑者から外されるでしょう」


「なんという……。しかし、彼は、何の容疑から逃れるためにそんなことをしたのですか」

「殺人の容疑ですよ。そこで思い出していただきたいのが、中川旅館で発見された男性の遺体です」

「まさか!」

「そのまさかです。実は、あの男性を殺害したのは梶原氏だったのです。そこで彼は急遽、死体役を演じ、この世から自分という存在を抹殺することによって、警察の追及から逃れようとしたのです。だから、彼は今もどこかで生きているわけです」

 我ながらとんでもない推理だな、と祐介は思ったが、未空の無実を証明するためにはしょうがない。国木田は予想外にも、納得した表情で、話に聞き入っていた。

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