56 妹のために
羽黒祐介は、客室と思われる寝室で、根来警部とふたりで座っていた。なんだか、数時間前も同じような状況だった気がする。あの時は中川旅館だったのだが。
祐介は、ずっと妹の未空の心配をしていた。小さいころ、いつも走り回っていた、あのあどけない、ひよこのような姿を思い出すと、居ても立っても居られない気持ちになった。
(未空、お兄ちゃんが守ってあげるからな……)
祐介は、考え続ける。しかし情報が足りず、どうしても推理ができない。
しばらくして、国木田刑事が入ってきた。その表情には、意地の悪い、勝利の微笑みが浮かんでいる。どうやら、向こうに有利な証拠を掴んでいるらしい。
「羽黒さん。どうやら、妹さんが犯人のようですよ」
「なんですって……」
祐介は、ひどい胸騒ぎを覚えた。と同時に、どうにかして、それを覆さなくてはならないという強い気持ちが沸き起こってくる。根来警部は、腕組みをして、黙っている。たまにちらりと祐介の方を見る。
祐介は心の中で自分に、冷静になれ、と何度も言い聞かせた。
「一体、未空が犯人だというのはどういうことですか」
「言葉通りの意味ですよ」
国木田は、そう言うとふふっと笑う。
「どういうことか、教えてください」
「いいでしょう。わたしはあなたにそれを伝えにきたのですからね。まず、あの部屋のドアは、内側から施錠されていて、唯一の鍵は執事が管理していました。それは一階の防犯カメラのついている部屋で管理されていたので、その鍵が使用されていないことはっきりしています。そして、あの部屋、いや、部屋と言っても、ドアの向こう側には、短い廊下に寝室と洋室とトイレがあるのですが、そこに被害者の死体があり、生きている人物は羽黒未空さんだけでした。ということは、彼女にしか犯行は行えなかったわけです」
今、聞かされていることの多くは、すでに知っている情報だ。
「なるほど。それで死体は、谷底から回収できたのですか?」
「いえ、まだです。今後も難しいでしょうね。谷底は断崖で、急流で、とても近づけません。死体らしきものの下半身が、わずかに草木の間から見えているのですが……」
祐介は頷きながら考える。今、自分はどんな屁理屈でもいいから、未空以外の人物の犯行の可能性を提示すべきだ、と。
「未空は、騒動の後、一旦、入浴してから戻ってきたそうですが、あのドアの鍵はその時に、未空が自分でかけたのでしょうか?」
「いえ、根来すみれさんが部屋から出てゆくときに、未空さんが防犯のために施錠したようです」
そこで、祐介は一つの推理を思いついた。
「ならば、それよりも前に、被害者は何ものかに刺されて、犯人の追撃を逃れるために、洋室かトイレに隠れていたのではないでしょうか。しかし、瀕死の状態だったのではないでしょうか。そして、未空が施錠した後に、彼は助けを求めるために未空のもとに行こうとして、廊下に出たところで力尽き、絶命したのでは……」
「いえいえ、残念ながらそれはありえません。未空さんがドアの鍵をかけたのは十時ごろのことのようです。ところが十時半ごろ、梶原さんはまだ生きていて、写真家の香坂牧雄さんに電話をかけているんです。その時の声の調子は、べつにおかしなところはなく、当然、刺されているようでもありませんでした。ということは、彼が刺されたのはそれよりも後だったことになります。つまり、未空さんによって鍵が施錠された後、彼は何者かに刺されたのです。やはり現場は密室だったのです」
祐介は、その説明に引っかかる。
「電話? 被害者が何の電話をしたのですか?」
「それが妙な電話で……、いや、このことは今、関係ないでしょう」
と国木田はなんでもかんでも教えてくれるわけではないらしい。
「それでは、ベランダからの侵入の可能性は?」
「不可能ですね。足場がありませんし、痕跡もありませんでした」
祐介は、また他の可能性を考える。
「それでは、あの部屋に、犯人がずっと潜んでいたという可能性は? そして、死体が発見された後に、どさくさに紛れて、部屋の外に出て行ったのでは……」
「いえ、死体発見後、複数人で何度も、室内を隈なく確認したところ、誰もいなかったそうなので、そんなはずはありませんよ……」
そう上手い具合にはいかないものである。祐介が、根来警部を見ると、口を一文字に閉じて、俯いている。飼い犬が、ある日、元気をなくしてしまって、部屋の隅で、静かになっているようでもある。目の前の国木田は、勝利を確信しているようである。
(なにか、上手い話はないか?)
そこで、祐介はとんでもない推理をひらめいた。




