55 ジャズピアニスト
そのころ、ホテルで目を覚ました室生英治は、たった一人で、朝食バイキングを楽しんでいた。彼は、料理が盛られた大皿の間をめぐり、食べたいものを遠慮なしに取って、円形のテーブルに戻り、白いプレートによそってきたベーコンエッグにフォークを突き刺した。口に運ぶ。空腹が満されてゆく感覚に溺れる。
朝食の会場には多くの人がいたけれど、皆、どことなく物静かで上品に振舞っていた。そうだ、この爽やかさが朝というものだ、と英治は勝手なことを思って、コップになみなみとつがれたオレンジジュースを一気に飲み干した。胃が急速に冷たくなるのを感じ、思わず、彼は身震いした。
(でも、おかしいな……)
英治は、首を傾げた。未空、すみれ、薫の三人の姿が見当たらない。まだ、眠っているのだろうか。長谷川東亜の城に向かう車に乗ったところを昨日見て、それきりである。
あの三人の身に何かあったのでは、と英治は一瞬考えたが、その想像はあまり広がらなかった。芸術家の自宅に訪れたからといって、取って食われるわけもないだろう、と英治は楽観しながら、さっぱりしたソーセージをかじる。
それよりも、ここで彼女たちに出会えないと、今日一日、一人で行動しなければならないことになりそうだ、と英治は不安に思うのである。
英治は、腹を満たし、朝食の会場から出ると、ロビーに昨日のお土産屋を見つけた。こんな早くからやっているわけではなかったが、そこには昨日のチャーリー・パーカー似の店員がいて、店の準備をしていた。
英治は昨夜から寂しい男であった。誰かと会話をしたいと思っていたのである。それが叶わなかったから、酒を飲んで寝てしまった。夜にあったことはよく覚えていない。
とにかく、英治は相変わらず、寂しかった。その寂しい彼にとっては、この店員の存在は妙に惹かれるものだった。そこで自然と店員の背後にまわりこみ、ぼんやりと立ち尽くしていた。しかし、一向に会話は始まらなかった。不審に感じたのか、店員が何度か振り返る。ついに英治がぼそりとこう言った。
「忙しそうですね」
「いえ、それほどではありませんよ」
と店員は笑いながら、言った。そして、すぐに英治の気持ちを察して言った。
「寂しそうな顔していますね。昨日の女性たちはどこへいったのですか?」
「さあ、どこにいるんですかね。僕は、今、独りぼっちなんです」
「へえ、じゃあ、いいこと教えましょう。実は、わたしはジャズピアニストなんですよ。何日かに一回、浜辺の近くのジャズクラブでピアノを弾いているんです。このお土産屋さんは六時に閉めてしまうので、夜中になるとそちらに行っているんです」
「そうなんですか」
「寂しい夜は、是非、演奏を聴きに来てください。八時から演奏しますから」
「お店の名前は」
「バグス・グルーヴ」
そう言われて、寂しかった英治の気持ちはずいぶんと明るくなった。そうだ。もし、行く機会があったら、行ってみよう。英治は、お礼を言うと、ふらふらとその場を離れた。本当にあの三人は今頃、どうしているのだろう、と思いながら。




