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52 事件現場で

 根来警部と羽黒祐介は、尾形乾吾に案内されて、長谷川東亜の洋館の廊下を突き進み、例の部屋に入った。そこは、未空が宿泊していた部屋で、今回の事件の殺害現場である。そして、その場には、死体を谷に捨てた東亜ら三人の姿はなかったが、それ以外の関係者は揃っていた。

「ここに死体があったんです。それを東亜先生と執事と料理人の三人が、裏の谷に捨ててしまったんですよ」

 と乾吾が言うと、根来はしゃがみ込んで、廊下の血痕を眺めた。

「なるほど。確かに、床に血痕が付着している。それで? 死体を捨てたというその三人は今どこに」

「その後も、証拠を隠滅しそうだったので、黒川さんが縄で縛り上げて、物置に押し込んでしまったんです」

「誰ですか。黒川さんって」

 すると、ダンサーの黒川が、金髪をなびかせて、ふらりと現れた。不機嫌そうな表情を浮かべている。感情的な男という印象である。

「俺です」

「確かに、そういうことしそうな方ですな。まあいい。それで、まだ警察に通報していないんですな」

「ええ。通報したら、渚ちゃんが逮捕されてしまうわけですからね。でも、それも時間の問題でしょう……」

「誰です。渚ちゃんって」


 乾吾は、根来の問いに答えず、部屋の隅をちらりと見た。そこには不安げな未空が立っていた。

「未空ちゃんじゃないか」

「いえ、渚ちゃんです」

「いや、勝手に名前を変えるなよ」

 根来は呆れて言った。未空はひょいと近づくと羽黒祐介の背後に回り込んだ。そして、未空は、弁解がましい調子で、

「人違いなんです……」

 と言った。根来は来たばかりなので、状況がよくわからない。

「なんにせよ、この部屋で事件が起こったというんだな。しかし、それでどうして未空ちゃんが犯人ということになるんだ」


「この部屋は完全な密室だったんですよ!」

 乾吾は悲痛な声で言った。

「つまり、未空ちゃんにしか殺せないと。しかし、肝心の死体がないんじゃなぁ……」

「なんですか、それじゃまるで、俺たちが嘘をついているみたいじゃないですか」

 と遠巻きに立っていた黒川が腹立たしそうに言って、近づいてきた。

「とにかく、死体はあったんです。それもここにね!」

 窓の外にも聞こえそうな声で怒鳴ったので、根来もなだめようと、手を振った。

「わかった。わかった。別に、あなた方の言っていることを疑っているわけじゃない。ただ、死体が回収できないと捜査が難航するだろうってことです。もう一度、その谷に行って、死体が回収できないか、確認する必要があると思うのですが……」

 と根来は言いながら、悩ましげに頭をかく。そもそも、通報しないで、勝手に捜査することはできない。なにしろ自分は群馬県警の刑事で、ここは福島県なのだ。

 廊下には多量の血痕が残っていて、ここに死体があったことは今更、否定のできない状況なのだ。それならば、根来はすぐに通報する義務がある。


 根来は、ちょっと考えて、祐介に耳打ちをすると、隣の洋室に移動し、未空とすみれを呼んだ。

「未空ちゃん、本当に殺していないんだな?」

 と根来は未空に尋ねた。

「やってない」

 嘘はついていなそうである。根来は頷くと、祐介の方を向いた。

「羽黒。通報しないわけにゃいかなそうだぜ。俺たちの手で、なんとか未空ちゃんの無実を証明できねえかなあ」

「それはずっと考えています。密室の謎を解けば、どうにかなると思うのですが……」

 と祐介は言って、真剣な表情で頷いた。妹のために一肌脱ぐ気でいるのだ。


 その時、洋館のチャイムが鳴り、しばらくして、国木田刑事が仲間を連れてどかどかと入ってきた。あっという間に、殺害現場の部屋は、福島県警の警官に支配されてしまった。この状況を見て、国木田はにやりと笑うと、

「根来警部。いけませんなあ。勝手にこんなことをされては。第一、ここは群馬ではないのですからね」

 と幾分、嫌味のある言い方をしたのだった。

 一体、国木田刑事は、どうやってこのことを嗅ぎつけたのだろう、と根来は不思議に思った。

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