50 兄に助けを求める妹
それからしばらくして、祐介と根来は再び、事情聴取を受け、自分たちの部屋に戻された。疑いが晴れたのだろうか。事件の起こった部屋では、今もなお、捜査が続いているとみえる。ご苦労なこった、と根来は呟くと、そのまま、布団の上に倒れて、寝息を立てて寝てしまった。祐介はさすがに寝付けず、布団の中で、事件について考えていた。
しばらくすると、窓の外で、日が昇り始めたらしい。赤く染まってゆく空。外の空気が、暖かくなってゆく気配。鳥の声が聴こえてきそうな、そんな平穏な雰囲気に包まれてゆく。すると、寝不足の疲労感がどっと襲ってきて、祐介はうとうとしてきた。さすがに寝た方がいいか、と思った、その時だった。スマートフォンの着信音が鳴り響いたのだ。
祐介は、上半身を起こし、スマートフォンを手に取ると、眠さのあまり、首がぐらんと揺れて、体が反対方向に倒れそうになった。どうにか持ちこたえて、電話に出た。
「はい。羽黒です」
『未空だよ』
それは未空には違いなかったが、いつもより、元気のなさそうな低い声だった。
「未空、どうしたの」
『どうしたの、じゃないよ。大変なんだよ…….』
「なにかあったの」
『うん。今ね、長谷川東亜先生の自宅にいるんだけど……』
「ホテルに帰ったんじゃなかったのか……」
『うん、なにが? とにかく、今、そこに泊まっているわけ。で、夜中に起きたら、廊下に男性の死体が転がっていたの』
「廊下に、男性の死体?」
祐介は事情が飲み込めず、訊き返した。
『そうそう。それで、わたしが殺したみたいなことになってるから、助けて』
「一体、どういうこと。死体って。なにか事件に巻き込まれたってこと?」
『そう』
「今もその死体が近くにあるの。警察には?」
『死体は谷に捨てたらしいから、ここにはないよ。そして、警察には知らせてない』
「ええ……。死体を谷に捨てた? どういうこと。未空、もしかして、寝ぼけているの?」
『寝ぼけてはないよ、確かに、眠いけど』
と未空は言っているのだけれど、祐介には疑わしく思えてならなかった。寝ぼけているのでなければ、芸術家のパーティーに参加した挙句、おかしな精神状態になってしまったんじゃないか、とも思った。いずれにしても、本当の話だとは思えない。やれやれ、と祐介は机に寄りかかった。
「未空、そんなことよりさ」
『そ、そんなこと!』
「今、根来さんと白月浜に来ているんだ。温泉街の中川旅館ってところに泊まっている。せっかくだし、今日の昼間、会おうか」
『え、なんでお兄ちゃん、白月浜に来ているの』
「まあ、色々あってね」
『わかった。でも、そういうことなら、ここに来てよ、長谷川東亜先生の洋館に。そして、わたしの無実を証明して……』
「ああ、うん、行っていいのなら、いくよ」
祐介は、あまり未空の話は信じていないのだったが、長谷川東亜の洋館のことは少し気になっていたから、その予定に不服はなかった。昨夜、チャイムを鳴らしたのに、誰も出てこなかったのが気になっているのだ。
「じゃあ、今日の朝、お屋敷に行けばいいんだね。それじゃ、他の人にもよろしくお伝えくださいな」
『伝えるわけないでしょ。探偵と刑事を呼びましたなんて……』
「はいはい。じゃあね」
と祐介は言って、電話を切った。
祐介は、未空の言っていることを寝ぼけながらも思い出した。廊下に死体があって、それを谷に捨てた。一体、それはどういうことなのだろう。そして、未空は犯人と疑われているのだという。夢でも見ているのだろうか。そう思いながら、スマートフォンをいじる。
その時、祐介は、すみれからもメールが届いていることに気づいた。
『羽黒さん。お元気ですか。すみれです。実は困ったことに巻き込まれていまして、できれば、早急に連絡をいただきたいのですが……。未空ちゃんが殺人事件の犯人と疑われています。そして、実際にそうとしか思えない状況です。こちらの警察はまだ事件のことに気付いていません。でも、もし気付かれたら、未空ちゃんは間違いなく、逮捕されてしまうでしょう。その前に、こちらに来ていただけないでしょうか。返信をください』
ルポライターのすみれのメールは、非常時でも長文なのである。
祐介は、一気に目を覚まして、文面に釘付けになってしまった。




