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47 塩崎刑事の登場

 ここで物語は、未空、すみれから離れて、中川旅館の羽黒祐介と根来警部の視点に戻る。


 中川旅館で男性の死体が発見されたのは、深夜一時頃で、長谷川東亜の邸宅で、未空が梶原の死体を発見した時刻よりずっと後のことである。

 羽黒祐介と根来警部は、中川旅館の一室で、男性の死体を発見した後、旅館の亭主を叩き起こし、すぐに警察に通報させた。亭主は狼狽しながらも電話をかけた。彼は何度も受話器を落とした。しばらくして、警官が到着し、所轄署の刑事と福島県警本部の一団も遅ればせて、到着したのである。


 羽黒祐介と根来警部の二人は、死体の第一発見者なので、自室に戻ることができず、他の部屋に案内されていた。そこは汚らしい八畳間だった。そこで二人は、胡座をかき、腕組みをし、うんうん唸っている。事件について考えているのだが、そもそも情報が少なすぎる。

(なんだろうなぁ……)

 窓の外を見ると、パトカーの爛々とした赤いランプが、夜の闇を幻想的に照らしている。根来警部は、少し不思議な気分になっていた。夜中であるせいか、まるで夢を見ているようだ。あるいは、酒に酩酊して、夜道を歩いているような、実にふわふわした感覚。

(しかし、これは現実なんだ……)


 すると、引き戸が開き、長身の男性が入ってきた気配があった。

「あなたは、群馬県警の根来警部ですね?」

 そう言われ、根来が顔を上げると、そこに長身で、黒いスーツ姿の、視線の鋭い三十代くらいの男が立っていた。なんとなく、美しい剃刀のような顔つきだった。そして、それは根来には、なにやら見覚えのある顔だった。


 挿絵(By みてみん)


「そういうあなたは……」

「福島県警の塩崎です。お久しぶりですね。まさか、あなたとこんなところでお会いできるとはね……」

 根来は、その鉄のように冷たい声の響きに、はっとした。聞き覚えがあった。福島県警の塩崎刑事と言えば、敏腕なことで有名な刑事である。そして、彼とは捜査を行った際に、何度か会ったことがあるのを思い出した。

「お久しぶりですな」

「あなたが死体を発見したらしいですね」

「自分でも驚いているんです」

 根来がそう言うと、塩崎は胡散臭そうな目で、睨みつけてくる。もしかしたら、自分は疑われているのかもしれない、と思うと根来は背筋が冷たくなった。


「いえいえ。それより、どうなんです。あの死体は、やはり毒殺ですか?」

「ええ。青酸カリによる中毒死ですね……」

 根来警部は、その答えに渋い顔をして頷いた。ただ、元々そういう渋い顔なのである。


 祐介は、根来の隣に座りながら、二人の関係を想像していた。会ったことはあるけど、それほど親しい仲とは思えなかった。塩崎刑事も、畳に胡座をかくと、根来の顔をじっと見ていた。

「それで、一体、何に毒が仕込まれていたのですか」

「それはまだ分かりませんが……。ただ、現場には、喘息の吸引器が落ちていました」

 根来はそう言われ、死体を発見した時のことを思い出した。たしかに、部屋の中を見まわした時、床に、紫色の円形のプラスチックの容器が落ちているのが気になっていたのだった。しかし、根来には、それが何か分からなかった。きっとあれが吸引器だったのだろうと思うと合点がいった。

「すると、そこに青酸カリが……」

「可能性は高いですね」


 根来は、こくりと頷いた。塩崎は説明を続ける。

被害者(ガイシャ)はどうやら、東京の練馬区、石神井に住む会社員のようですね。名前は、国吉平治(くによしへいじ)。おそらく、彼は旅行中だったのでしょう……」

「旅行中というのは……」

「服装がカジュアルだったのと、仕事に関係しそうな持ち物はありませんでしたからね。それに、白月浜神社の御守りが鞄の中に入っていたのですよ」

「すると、彼は生前、白月浜神社をお参りしたということですか」

「おそらくはそうでしょうね」

 塩崎はそう言うと、じっと黙って、なにかを考えているようだった。


「白月浜神社……」

 根来もぼそりと口の中で繰り返した。

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