42 画家二人
未空は、その渚という少女がかぐや姫なら、わたしもかぐや姫みたいなものだな、と嬉しく思った。なにしろ、瓜二つなのである。湯気に包まれて霞む天井を、ぽおっと眺めながら、未空はしばし勝手な妄想にふけった。
湯の音がちゃぽちゃぽと聴こえている。
「じゃあ、私、明日の朝、誰にも気づかれないうちに出て、ホテルに帰りますね」
と未空は、ぼそりと女性に言った。
「その方がいいね」
「あの、わたし、羽黒未空って言います……」
そう言って、未空は女性の顔をじっと見つめた。その女性は、未空が自分の名前を知りたがっていることに気づき、ふふっと微笑むと、
「私は、酒井蘭珠、あなたと同じ画家よ」
と言った。
「お名前、聞いたことあります。長谷川東亜先生の……」
「そうそう。弟子なの。今ではわたしもだいぶ画風が変わったけど、以前は、先生の絵を目指していたの。なかなか難しいよね。それに、渚ちゃんがいなくなってから、先生の作風もすっかり変わってしまったし……」
「月がテーマになったんですよね」
「ええ。そんなことをして意味があるのか、分からないけど……。でも、羽黒さん、わたし、あなたの絵は、好きよ。じゃあ、わたしはもうあがるね。まあ、できる限り、早く帰ることね」
そう言って、蘭珠は、湯から上がり、先に浴場を出て、脱衣室に入って行った。眩しいくらいの白い肌である。
未空は、湯の中にひとり取り残されると、さてどうしようかと悩んだ。ここにわたしがいると色々、不都合らしい。しかしこんな夜中にホテルに帰る術はない。男性陣の間で、揉め事が起きているということだが……。
(美人に生まれるとつらいなぁ……)
と、未空はそんな風に思い、湯の中に浮かんでいた。未空は風呂嫌いである。こんなに入っていると茹ってしまう。
未空も程なくして、湯から上がった。バスタオルで、白い素肌の上の滴を拭き取り、服を着て、髪の毛を乾かし、廊下に出て行った。
未空は、そして自分の部屋に戻った。すみれがベッドに座って、雑誌を読みながら、待っていた。
「どうだった、お風呂?」
と尋ねてくる。
「いいお風呂だったよ……」
と未空は答えつつも、その表情には、わずかに困惑の色が浮かんでいたようだ。すみれはその違和感を感じ取り、未空に尋ねた。
「誰かに会ったの?」
「酒井蘭珠さんに会った」
「え、誰……」
「有名な画家なんだ……」
それから未空は、すみれに蘭珠が語っていたことを話した。すみれは興味深そうに聞き入っていた。
「かぐや姫かぁ……、こう言っちゃなんだけど、ちょっと面白い話だね」
「でも、わたしがここにいると、面倒くさいことになりそう」
「明日の朝、帰れば、大丈夫だよ。長谷川東亜先生にも会えたわけだし、もう満足でしょ?」
「まあね」
未空はそう答えた。本当は、長谷川東亜とまだ話し足りない気持ちもあったが、蹴ってしまった以上、そういうわけにもいかなかった。そして、すみれと昼間あったことを話した。今頃、英治はどうしているだろう、とか、明日はどこを観光しよう、とか。この白月浜町には、有名な神社があるらしいから、そこを観光しようということになって、気がつくともう夜中の十時過ぎとなっていた。




