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40 宿泊することに

 未空は、ただ一人、夢の中を彷徨っていた。自分は、夜の海を漂っている。空には白月が浮かぶ。それに照らされた雲がぶくぶくと浮かんでいる様は、いかにも不格好だった。自分はいつまでもこの広い海原に流されていたい、と思った。あまりにも静かだった。未空は、自分がどうしてこんなところにいるのかも考えなかった。ただ、自分の体は、こんなに軽く、海月か、土左衛門のようで、また海水は暖かだと思った。気が付くと無数の星が悲しげに光っていた。

 次第にある音が気になりだした。それはカチッカチッという冷たい音だった。未空はその音が次第に自分を包み込むように大きくなってゆくのを感じた。

(この音は一体……)

 未空は奇妙な不安に襲われた。


 未空はそこで目を覚ました。そこは見知らぬ寝室だった。未空はぼんやりしながら、そこがどこなのかも疑問に思わず、ただ白い天井を眺めた。ピンク色のカーテンと木机とスタンドライトの赤っぽい灯が、視界の端を暖かくしている。時計がカチカチと音を立てている。それがひどくゆっくりと感じられた。未空はいまだ夢の中にいるかのようだった。

「未空ちゃん」

 その声にはっとした。隣を見ると、そこにすみれが座っていた。すみれはほっとしたように笑った。その時、未空は夢から現実に飛び出したようだった。

「よかった。目を覚まして……」

「わたし、どうして……」

「丘から転げ落ちて、気を失ったんだってね」

「そうだったっけ……?」

 覚えてはいない。


「そう。それでお客さんにお医者さんがいたから診てくれて、大丈夫そうだって。それで、もう夜遅いから、ここに泊って行きなって東亜先生が言ってくれたんだよ」

「えっ、やだ……」

「どうして?」

「ここにいると、渚ちゃんと間違えられるから」

 未空はこれまでのことで、すっかりやつれ果てていた。それは全て、気苦労だった。


「そんなことはないよ。もう誤解は解けたわけだし」

「でも、さっきも、見知らぬお兄さんにも誤解されたの」

「ああ、尾形乾吾(けんご)さん?」

「尾形……?」

「気絶した未空ちゃんを助けて、洋館に運んでくれた人だよ」

「ふうん。でも、あの人、ちょっと困っちゃうな。なんか、わたしを見て、涙ぐんでたし……」

「死んだと思っていた渚ちゃんが生きて帰ってきてくれたと思ったんだから無理ないよ」

「まあね」

 未空もその気持ちは伝わってきていた。だからこそ、未空はあの場から逃げ出したかったのだ。本人ならともかく、まったくの別人である自分がその感情に付き合わされるプレッシャーと言ったらない。


(なんにしても……)

 未空は、この洋館で一夜を明かすことになった。すみれはこの部屋でのんびりしているが、別に部屋が用意されたらしい。そもそも、この部屋には大きめのベッドが一つしかない。ふたり寝れないこともないが、東亜は、気を利かせて、二部屋用意してくれたのだろう。


「とにかく、ここは未空ちゃんの部屋だから、ゆっくりしたらいいよ。そうだ。未空ちゃんもお風呂にでも入ってきたらいいよ」

 とすみれは言った。確かに今日は暑苦しくて、服の中はじっとりと汗をかいているようだった。気分転換にいいかもしれない。未空は、そう思った。


「お風呂、どこにあるの?」

 と未空が尋ねる。

「二階に大浴場があるんだ……」

 そう言われても、風呂嫌いの未空はあまりテンションが上がらなかったが、ベッドからひょいと起き上がった。丘から転げ落ちたせいだろうか、足首が痛かった……。

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