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38 シアタールーム

 未空は、ふらふらと細い廊下を歩いて行った。咄嗟に東亜を蹴ってしまったのだが、考えてみると、大変気まずい状況になってしまった。その気まずさに耐えることは未空にはできない。そこでぽんと廊下に飛び出し、歩いてきたのだが、元より当てはない。

 この洋館は迷路のようである。いくつか角を曲がると、自分が一体どこにもいるのか分からなくなる。そして未空は、まさに今、自分がどこにいるのか分からなくなっている。

(困ったな……)

 未空は考える。どこかで短い階段を降りたのだ。そこでここは四階と三階の間だと分かる。

 このまま先へ進んでも解決策は見つからない。どこかで引き返さなくてはならないことは分かっている。だけど、やっぱりあの部屋には戻りたくない。あの空気に耐えられないだろう。その気持ちが自分の足を速めていた。

(どうしたら……)

 未空は、スマートホンですみれと連絡を取ろうかと思った。画面を開くと、兄の祐介からメールが届いていた。未空は思わぬ助け舟に期待し、すぐさま内容をチェックする。ところが、そこには、

『破廉恥なパーティーに参加するって本当?』

 と書かれていた。

 こいつは駄目だ、と思った未空は兄に相談するのは止めて、すみれにメールを打つことにした。

『パーティー会場、今どんな感じ?』


 すぐには返信がありそうもなかった。未空は仕方なく、そのまま廊下を突き進み、眺めの良い居間のような部屋を見つけ、そこでくつろぐことにした。大きな窓ガラスが並び、その先は漆黒の山並みが見えている。その窓には厚いグレーのカーテンがかかっている。部屋はシアタールームなのか、巨大な白いスクリーンが壁にかかっている。ここで映画を観るのは気分が良いだろう、ポップコーンでも食べながら。未空は、そんなことを妄想しながら、ソファーに寝そべると、ぐいっと背伸びをした。宙に胸が張り出す。

 おかしな気分だった、知らない家の知らない部屋にこうしてたった一人で寝そべっているのは……。

(変なの……)


 自分が弁慶の泣き所を蹴ったあの人物こそ、未空の憧れの長谷川東亜なのだ。未空は、そのことをあらためて考え、不思議な感慨に襲われた。ずっと雲の上の存在と思っていた憧れの人物と、ひょんなことから面会し、あろうことか蹴ってしまったのだから。

(これは悪い意味で、一生の思い出になるかもしれない……)

 未空がそう思った時だった。背後のドアノブが動く音がした。未空は驚き、振り返ると、気配を察し、くるりと転がってソファーの向こう側に隠れた。ドアが開かれた音がする。そして未空は恐る恐る、誰が入ってきたのか確認した。そこには色の白い肌、黒髪の流れの美しい好青年が立っていた。大変な美青年なのである。年の頃は二十代前半といったところだろうか。すぐに未空は頭を下げる。

「誰かいるのか?」

 とその青年は言って、部屋の様子を伺ったが、未空がソファーの影に隠れていることにはなかなか気づかない。青年は、あまり疑ってもいない様子で、

「消し忘れかな……」

 と言った。消し忘れというのは、電灯のことだろう。

 

 そのまま、廊下に戻りそうとも思えたが、彼はしばし悩んだ末、ふらふらと室内に入り込んできた。未空の心臓が音を響かせている。このままでは気付かれてしまう。どうせ、気が付かれるのならこちらから、と未空は慌てて立ち上がった。

「あ、あの、わ、わたし、ふ、不審な者ではありません!」

 未空は、震えた声で叫んだ。

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