36 ローストビーフとワイン
未空は困惑の表情を浮かべながら、長谷川東亜と共にパーティー会場に戻った。すみれと薫はその後ろ姿をのろのろと追いかける。
すみれがパーティー会場となっている部屋に飛び込むと、その場にいる十人ほどの人びとは、中央のテーブルと、窓際の席に別れて座っていたが、皆、詮索するような視線を未空に浴びせていた。
(なんと説明するのだろう……)
とすみれは東亜の顔を窺った。東亜は、気まずそうに来客たちから視線を外すと、
「こちらの方は渚と瓜二つだが……どうも、私の早とちりだったらしい。羽黒未空さんという画家のお嬢さんだったんだよ……」
と言うと、曖昧な微笑みを浮かべ、ちらりと未空の方を見た。
「どうも……」
と未空は口の中で呟くと、ぺこりとお辞儀をした。それでも場は静まり返っている。
「渚ちゃんじゃないんですか?」
と左側のソファーに座っている男が声を上げた。すみれがその男を見ると、金髪の長髪、細いサングラスをかけ、お洒落な漆黒のスーツを着ている。ちょっとホストのような見た目だが、おそらく芸術家なのだろう。
「渚じゃないよ。私も先ほどは疑ったがね。ほら、画家の羽黒未空さんだよ。黒川君も、名前は聞いたことがあるだろう……?」
黒川は、すっと立ち上がると未空の元に歩み寄ってきた。未空は、びっくりして二歩下がった。
「聞いたことありませんね。本当に渚ちゃんじゃないんですか。そっくりだと思いますけど……」
黒川は、サングラスを外し、未空の顔をまじまじと覗き込んだ。まつ毛が長く、美しく鋭い目だった。未空はぎょっとして、バスケットボールの選手のように機敏に、すみれの背後に逃げた。すみれはそれを見て、この子も機敏に動けるんだな、と思った。
「やめなさい! 黒川君。その子は渚じゃないんだ。失礼だよ」
と東亜は怒鳴った。黒川と呼ばれた男はそう言われ、不満げであったが、首を傾げながら、先ほど座っていたソファーに戻った。
「すまんな。羽黒さん。彼は黒川裕也と言って、日本を代表するダンサーなのだが、少々、本能で動きすぎるところがあるんだ。まあ、君たちも空いている席に座りなさい」
東亜は気を遣ってそう言うと、三人に黒川から離れた席を勧めた。
黒川はさもつまらなそうに、グラスに注がれたワインを飲み干した。
「君たち、昼間、美術館に来てたね」
未空は、右隣に座っている女性にそう話しかけられ、ぎょっとした。見てみると、それは美術館の受付をしていた三十歳前後の女性だった。相変わらず、黒髪を清潔に結い上げ、銀の粉末を帯びたような肌で、銀色のぴったりしたスーツを着て、ふっくらと胸の谷間が盛り上がっている様子は、この地球の人とは思えない、円盤から降りてきたばかりの金星人といった印象だった。
「あ、はい……」
とだけ未空は答えるとなんと言ってよいのか分からなくなり、会釈をした。
「画家さんだったんだね」
「ええ、一応……」
「わたし、金村香苗、わたしも美術家の端くれで、長谷川東亜美術館の職員をしてるの」
そう言って香苗はふふっと笑った。未空は困ったように首を傾けると、
「わたしって、そんなに渚さんに似ているんですか?」
と尋ねた。
「わたしはその人のこと、知らないな。だって、わたしが美術館に勤め出したのは、今から一年前のことだから……」
すみれは、その話を聞きながら、ちらりと先ほどの黒川の方を見ると、黒川は未空を見ていたらしく、気まずそうに顔を視線を逸らし、大皿に盛り付けられたローストビーフの山を眺めている風を装った。
(白々しい……)
とすみれは呆れた。




