33 車内の四人
話は六時間半ほど前に遡る。すみれと未空、そして薫は、香坂牧雄の運転する車で、長谷川東亜の洋館に向かっていた。
茜色に染まる空を窓から見て、すみれは、祐介のことをぼんやり考えていた。もし祐介さんがこの旅行に来ていたら、どんなに面白おかしく、胸のときめく展開になっていたことだろう、と思うと悲しくなるのだった。
「いやぁ、お嬢さん方を車に乗せているとウキウキしてきますよ」
と香坂は、嬉しそうに語る。無類の好色と見える。
すみれはしかし、そんな香坂のことなど頭にない。未空も、長谷川東亜のことを考えているので、香坂の言葉は耳に入らない。無論、水着になるつもりもなければ、モデルをするつもりもない。
「しかしねぇ、本当に長谷川先生、喜ぶよ」
「そうですかね」
と未空はドライな返事をする。
「羽黒未空さんって有名人なのに、あまり人前に立たないよね。なんで?」
「うーん」
未空はなんと答えてよいのかわからないらしく、首を傾げたまま、窓の外に視線を移す。
「人見知りなの?」
「………」
「ねえってば」
未空はそのまま、鼻歌を歌い始めた。それは変てこなメロディで、いかにも香坂の質問を空気と思っているようだった。それを見て、薫がくすりと笑う。
「根来さんは、ルポライターなんだってね」
香坂はちょっとがっかりした様子で、矛先をすみれに変更したようだった。
「そうなんですよ」
「ルポライターってさ、何を書いているの?」
「何をって、「サスペンス百景」という雑誌の記事を……」
「なに、その雑誌……」
香坂は鼻で笑った。その笑い方はいかにも失礼な響きを持っていた。それでも、すみれは祐介のことを考えていたので、気にもならない。
「サスペンス百景って、つまりサスペンスドラマのロケ地みたいなのをめぐるの?」
「………」
「ねえ、聞いてる?」
「えっ? なんですか」
「いや、だからさ、サスペンス百景って、サスペンスドラマのロケ地を……めぐって、記事を書くの?」
すみれはぼんやりとしている。何を聞かれているのかまるっきり頭に入ってこない。
「サスペンスドラマがどうしたんですか?」
香坂はこの答えに呆れた。
「だからさ! サスペンス百景って何?」
「えっ、雑誌ですよ?」
香坂は、はあとため息を吐くと、二人との会話を諦めたらしく、無言で運転に集中した。
何も喋らずに様子を見ていた薫はふふっと笑うと、
「そう上手くいかないものですよ」
と香坂に言った。香坂は痛いところを突かれたらしく、何も答えなかった。
「でもね、香坂さんのモデルになりたい人なんて大勢いるでしょう?」
と薫は、傷ついた香坂のプライドを優しく撫でるように話しかけた。
「私はね、芸術写真を撮っているつもりなんでね、売名で写りたがっているような芸能人とか、そんなものは全て断っているんですよ……」
香坂はこれでも売れっ子の写真家なのである。人間としては二流だが、写真は一流である。
車は、高い塀が続いている道を通り、正門の前に到着した。香坂は下車し、ベルを鳴らし、インターホンに名前を名乗って、門を開けてもらった。門は自動で開いた。
この瞬間、すみれは本当におとぎ話の世界に迷い込むような気持ちになった。
車はぐんぐん門の中に進んでゆく。駐車場は門の中にあるのである。香坂は、二人をちらちら見ながら、どう話を進めれば二人がモデルを買って出てくれるのか、考えているようだった。
駐車場に車を止めると、執事らしき、スーツ姿の男性が近づいてきた。禿げ上がった頭が美しい上品な老人だった。彼は、香坂が三人も女性を連れているのにちょっと驚いた様子だった。




