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31 根来の絶望

 不審者と思われてしまった以上、洋館の中の人々がこの門をすんなり開けてくれるとは思えないので、祐介は諦めて、

「今日はもう遅いので、旅館に帰りましょう」

 と根来に言った。

「なんだって?」

「旅館に……」

「何のために俺たちはここまで来たんだ!」

 根来は、情熱的な演説をしている政治家のように、身振り手振りを交えて、絶望を表現した。

「それは、まあ、仕方ありません。明日の朝になってからまた来てみましょう。それに……」

「それに……?」

「二人はもうホテルに帰ったのかもしれません」

 と祐介は現実的な話をした。


「それなら、あの助手に電話して聞いてみてくれるか……」

 祐介は、根来の言う通り、スマートホンを鞄から取り出して、英治に電話をかけることにした。ところが、どれほど待っても、着信音は鳴り止まなかった。祐介は、ああ、どうやら寝てしまったらしいな、と思った。

「根来さん」

「どうした?」

「出ません」

「あんだって?」

 根来は、ものすごい剣幕でスマートホンを奪うと耳に当てた。しばらくして、いかにもがっかりした様子で、スマートホンを祐介に返した。祐介はなんだか、根来が憐れな存在に思えた。


「出ないな。こいつは心配だな。すみれの身になにかあったら、あの助手、ただじゃおかん……」

 と何故か、英治の監督不行き届きのような話になっている。しかし祐介はそもそも、それほど心配するようなことなのか、だんだん分からなくなってきていたので、英治に対して何の怒りも感じなかった。ただ、パーティーに参加しただけじゃないか、と。

 根来は再び門に向かい、オペラ歌手級の声量で怒鳴った。その声は、地響きのように周囲を揺り動かしたように感じられた。

「おい! 明日、また来るからな。それまで、すみれには指一本触れんじゃねえぞ!」

 そう言うと、根来は踵を返し、車に乗り込んだ。そんな心配しなくても別に何も起こりはしないだろう、と祐介は少し呆れながら、この場に取り残されないよう、助手席に乗り込んだ。


「旅館だ。さあ、旅館に行くぞ。かっ飛ばすぞ!」

「安全運転でお願いします……」

 しかし根来の感情は収まらず、ものすごい勢いで山道を駆け下りてゆく。空を飛んでいるのではないか、と思えるほどのスピードである。

「根来さん。落ち着いてください!」

「すみれぇ!」

 このようにして、二人は、あっという間に中川旅館に帰ってきたのだった。


 中川旅館に帰ってきた時、もう十一時半だった。根来は、すごい形相で、まるで虎が鬼に生まれ変わったようである。虎が鬼になっても、大して変わらない気もするが、目つきがそれだけ鋭くなり、恐ろしげになっていた。

「あの、もう、お部屋でお休みになりますか……」

 ロビーに入ると、主人はひどく怯えながら、根来に尋ねた。

「まだ腹は減っているが、とても食える状況ではない。もう遅いから、布団を敷いてくれ。寝るから……」

 根来は、今にも生き絶えそうな声である。


 二人は、店主に導かれ、赤っぽいカーペットの敷かれた廊下を歩き、突き当たりの部屋に入った。カチッと音がして白っぽい電灯がつくと、そこは清潔な八畳間だった。奥には床の間があり、鯉の描かれた掛け軸が壁に飾られている。畳の良い香りがして、エアコンの風の音が涼しげで心地がよい。左側の窓を開けると、あまり手入れの行き届いていない殺風景な中庭が、部屋の明かりを受けて、ぼんやりと見えている。

 店主は、慣れた様子で、二人分の布団を敷いた。その二つをぴったりくっつけて敷いたものだから、祐介はもう少し引き離そうと思った。

「それでは、ごゆっくり……」

 と店主が言うと、根来は返事をせず、ぐらりと傾き、棒のように布団の上に倒れた。すぐに地響きのようないびきが鳴りだした。

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