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25 根来警部の心配

 祐介は、その声に聞き覚えがあった。群馬県警の根来拾三(じゅうぞう)警部だ。彼は警察関係者の間では名の知られた鬼警部で、現在でも鬼根来と恐れられている。今では大分、落ち着いてきたが、かつてはかなり無鉄砲な捜査を単独で行っては犯人に反撃され、その都度、入院し、奇跡の復活を遂げてきた。

 根来警部は、根来すみれの父親である。それもかなりの親馬鹿なのだ。彼が祐介に電話をかけてきた理由は祐介にも容易に想像できた。きっとすみれのことだろう。

「どうしました。根来さん」

『どうしたじゃない。俺はもう心配なんだよ』

「何がですか」

『すみれのことだ。お前の頼りない助手が一緒に行ったじゃないか。大丈夫なのか。あの男は……』

「大丈夫って何が……」

 一向に話が見えてこない。根来は相当、心配しているらしく、呼吸が乱れている。それだけでなく、受話器の向こう側からは、なにやら騒々しさが伝わってきている。

『お前も分からん奴だな。つまり、あの男は堅実で、遊び人じゃなくて、女性に対して紳士なのか、ということだ。そんなこと、あまり詳しく喋らせるんじゃない。俺はあいつの父親なんだ。お前だって妹がいるんだから、俺の心配ぐらい分かるだろ』


 根来警部はなにか焦っている。祐介は、先ほどまで自分が心配していたことと結び合わせて、はっと気づいた。

「うちの助手が遊び人で、堅実でないというのはつまり……」

 祐介は英治に限ってそんなことはないと思ったが、気持ちはよく分かるし、そういう話であれば、これから二人が向かうであろういかがわしいパーティーについても、根来に喋らなくてはならない、と思った。

「根来さん。まず英治は大丈夫です。あいつは紳士ですからね。それよりも問題なのは、ふたりが芸術家のパーティーに誘われたということです」

『なんだって。げ、芸術家のパーティー? そんな話聞いてないぞ……」

「ついさっき決まったことでしょうからね。英治から連絡があったんですよ。それで、どうもかなりいかがわしいパーティーのようなんです」

 根来の呼吸はそこでぴたりと止まった。窒息したのか。祐介は心配になった。そのうち、小さく震えている呼吸音が聞こえてきたようだった。

「根来さん……?」

『うう……』

「根来さぁん……」

『聞こえてるよ。でも、こんなことになるとは……』

 根来は、震えた声で泣いているようだった。あの屈強な根来が泣き出すなんてこと、それこそ、弁慶の泣き所でも打ち据えられないと、起こりそうもなかった。


「落ち着いてください……」

『なあ、羽黒、聞いてくれ。あいつが産まれて、しばらくして、妻の百合子が病気になってな、亡くなってしまって……。それから、おれはずっとひとりであいつを育ててきたんだ。休日にはひとりで公園なんかに連れてってな。ここに百合子がいてくれたらな、こいつにとってもどんなにいいか、そんなことばかり考えていた。本当は心配だったんだよ。一人で育てていけるか、とかさ。あいつとは喧嘩もしたさ。その度に、仲直りしてさ。いつのまにか、あんなに立派に育ってさ。こいつはいつか、俺のことを離れてゆく……そんなこた、わかっているんだよ。はじめからな。だけどな、俺はずっと願ってきたんだ。あいつには幸せになってほしいんだよ。幸せになってほしいから……」

 涙が込み上げているのか、余計な濁音が入り混じった声になる。


「根来さん。落ち着いてください。根来さんの気持ちはわかりましたから、とりあえず、一旦、落ち着きましょう。いかがわしいパーティーといっても長谷川東亜という有名な芸術家の集まりなんです。そしてまだ何も起こっていません」

 根来は息を整えると、決心したような声を出した。

『羽黒。俺は考えたぞ。よく聞いてくれ。俺は実を言うとな、今日は非番で、所用で東京に来ているんだ。その用事がたった今、済んだところさ。今からでも遅くない。すぐに一緒に新幹線に乗って、福島県の白月浜へゆこう!』

「え、今からですか……」

 祐介はあまりにも常識外れなことを言われて、どう反応してよいか、分からなくなった。

『お前だって妹のことが心配だろ?』

「ええ、まあ、確かに。でも今すぐなんて、あまりにも急じゃないですか。それで、根来さんは今、東京のどこにいるんですか?」

『上野駅だ。東京は混んでるなあ。うん。もう用事は済んだんだ。羽黒。今、上野駅を歩いているんだが、ちょうど券売機の前に来た。福島までの切符、二人分買うか?』

 あろうことか、上野駅で祐介用の切符まで買おうとしているらしい。

「いや、駄目ですよ。そんなこと急に言われましても、現在、浮気調査の依頼を二つ受けていまして……」

『なあ、羽黒。浮気調査と妹の人生、どっちが大事なんだ。窓際の席、二人分でいいよな?』

「無理ですって……」


 根来の返事はしばらくなかった。上野駅の騒音だけが聞こえてくる。祐介は気が気でない。

『もう買ったからさ。お前も早く支度して、上野駅に来いよ』

 祐介は呆れた。なんという強引な話だろう。しかし、そうは思っても、祐介自身もいかがわしいパーティーに妹が参加することが心配で仕方ないのは同じだった。祐介は英治ではなく自分が付いてゆけば良かったという反省もあって、受話器越しに頷き、

「しょうがないですね。わかりました。じゃあ、上野駅で待っていてください」

 と言った。

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