23 夕暮れの中で
英治は薫が何を言っているのか咄嗟に分からなかった。なぜ、彼女は未空のことを長谷川東亜の娘だなんて急に言い出したのか、分からなかったのである。最初、彼は冗談か何かだと思って聞いていたのだが、その後も、薫が興奮した様子で、何事か喚き続けていたので、ようやく、事の重大性に気づき始めた。
「薫さん。この子は僕の知り合いの羽黒未空ちゃんって子ですよ? 決して、長谷川東亜先生の娘なんかじゃありません」
英治も必死に説明した。
薫はしばらくすると誤解が解けたらしく、落ち着いてきた。彼女の話によると、未空と長谷川東亜の娘は容姿がそっくりらしい。生き写しだというのである。
「すいません。取り乱してしまって……・」
薫は何度も謝罪した。未空は別に何とも思っていない様子で、まじまじと薫を眺めている。ちなみに薫は商品を床に落としたのに店員に一言の謝罪もなかった。
英治はその場で、すみれと未空を薫に引き渡した。三人はしばらく談笑し、あっという間に打ち解けた様子だった。そうして、そのまま会話を楽しみながら、英治を置いてどこかへ歩いて行った。
英治はロビーにひとりになると、他にすることもないので、自分の部屋に戻った。部屋はしんと静まり返っている。ソファーに座る。自分の任務はこれで無事遂行できたという満足感と、安心感に浸りながら、携帯電話をいじる。時間が止まったようだった。急に悲しくなってきた。自分という存在が、虚しく思えてきたのだ。人は誰でも、賑わいから離れてひとりになると、自分の生きている意味が分からなくなり、どうしようもなく苦しくなることがあるのだ。
(なにを……。自分だけパーティーに行けないからって寂しがっているのか)
英治は、そんな馬鹿馬鹿しいことはないように思えた。でも寂しいことは否定できないのである。ふうとため息をつき、ベッドに転がって天井を眺めた。時間は過ぎてゆく。どれほどの時がたったことだろう。英治はむくりと起き上がった。
英治はぼんやりとふらつきながら、エレベーターでロビーに降り、ホテルの外に飛び出して、海の音の聞こえる夕暮れの景色の中を歩いた。ホテルの入り口から浜辺に沿って赤レンガの塀と花壇の並ぶ庭が続いていた。欄干の先は浜辺だ。目的もなく歩き続ける英治は虚しい。しかし赤く染まり、次第次第に暗闇に包まれてゆく空は、英治の孤独にはちょうどよかった。
その時、英治はちょうど、ホテルの玄関前に車が停車し、そこに薫、未空、すみれの三人が乗り込んでゆくのが見えた。
数分後、英治はその走り去る車を遠くから眺めている。なにか、子供の頃、こんな寂しさを味わったことがある気がした。しかし、それがいつかは思い出せなかった。




