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18 羽黒祐介からの電話

 英治がお土産売り場から離れると、ロビーの横に、海の見えるカフェがあった。英治は、ぼんやりとしながら、入店し、海を見渡すのにちょうどいい窓際のテーブル席に座った。店員が水を持ってきたので、英治は、ブレンドコーヒーを注文した。

 英治は、海を眺めた。厚ぼったい雲の下にサファイアの色をした水平線が横たわる。英治はしばらく、海の景色の中に、さまざまな自分の過去と未来とを投影していた。大学で祐介と出会った時のこと、羽黒探偵事務所で働く自分の姿、そして、赤沼麗華と結婚している自分などが浮かんでくる。そうした複雑な感情がしばらく続いたが、突然、すべてがどうでもよく感じられてきて、ああ、海だ、とだけ英治は思った。

 これは海だった。どこまでいってもこの青い海が続いているのに違いなかった。


 英治は、ポケットの中の携帯電話が鳴っていることに気が付いた。英治はすぐに電話に出た。

「室生です」

『英治。僕だよ』

「なんだ。祐介か」

 その爽やかな声は、私立探偵の羽黒祐介のものだった。

『いや、なんだってことはないだろ。ところで、そっちは上手くいってる? 未空はわがままを言ったりしてないかい?』

 何と答えてよいものか、英治は悩んだ。未空ちゃんは大丈夫だけど、すみれさんが怒っちゃったのよ、仲直りしたけどね、というのもかえって心配をかけるようで、あまり言いたくなかった。

「大丈夫だよ。未空ちゃんは大人しくしているし、今のところ、何も起こってない」

『それじゃ、これから何かが起こるみたいじゃないか』

 祐介の声は、笑っているが、ちょっと呆れた調子も含まれていた。


「そんなことはないと思うんだけどね。平和な旅行だよ。でも、なんだか、妙な体験をしている気分なんだ。商店街で、舞台役者だとかいう女性と出会ってね。ふたりで白月浜タワーとかいう建物の展望台に登ったんだけど、そこで彼女が行方不明になった女の子の話をしてきたんだ」

 すみれさんを怒らせたことは隠しておいた。しばらく祐介は黙っていたが、声が聞こえてきた。

『ううん。まったく状況が呑み込めないな。君は旅行中に運命的な出会いを果たしたとでも言うのかい?』

「それが事実なんだ。別にこれは恋愛感情ではないけど、僕は確かに、彼女に運命的なものを感じている。本当に偶然、海鮮丼のお店で相席になったんだ。彼女は少し天然で変わっているが、どこか知的でセンスを感じる。僕の内面を見抜くような、そんな鋭い剃刀をもった女性だ」

『それは恋だよ』

「断じて、恋ではない」

 なんだか、明治の書生の会話のようだった。


『君がそう言うのならなんだって構わないけど。それで、その行方不明の女性というのは?』

「芸術家の長谷川東亜の娘さんなんだ。それで、実はこの後、すみれさんと未空ちゃんが長谷川東亜のパーティーに招待されていてね……」

『なんだって。一体どういう流れで』

「それは僕にも良くわからない……」

『そのパーティーに君は誘われたの?』

「僕は誘われてない」

『あんまり妙な集まりには参加してほしくないなぁ……』

 と祐介はぼやいた。


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