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17 土産物店

 英治は、時間を持て余していた。実を言うと英治は、特にこの白月浜町に興味があるわけでもなく、ただ海鮮丼が食べたいという気持ちだけで、ふたりについてきたのだった。そのため、いざ自分の用事が済んで、することがなくなってしまうと、この白月浜町のことなんか、なにも調べておらず、どうしたらいいのか見当もつかなくなってしまった。リードを手放された犬のような気持ちだった。せめて旅行雑誌でも読んでくればよかった、と後悔するが、それも今更、後悔しても仕方のないことだった。どうせあと何日かは東京に帰れないのだ、旅行を楽しまないと、そのためにはまずこの町の情報を集めよう、と英治は思い立つ。

 英治は、冷蔵庫に最初から入っているサービスのコーラの缶を取り出し、蓋を開け、一口飲んだ。薬っぽい味わいと強烈な甘みが炭酸の刺激と一体になって喉に一気に流れ落ちてきた。一度にすべて飲んでしまう気にはならなかった。彼はコーラを半分ほど残して丸テーブルの上に缶を置いた。炭酸が抜けてしまう気がしたが、もうそんなことは、どうでもよかった。


 英治は、部屋を出て、ホテル内を自由に彷徨うことにした。英治は、廊下を歩いてエレベーターに乗った。そして、ロビーのある一階へと落ちていった。これはまさに落ちていくような感覚だった。なぜ、一階のロビーに向かっているのだろうか。しっかりとした理由はない。ただ、彼がこのホテルのことをあまり知らないので、他に行く当てがなかったのだ。

 ロビーは相変わらず人で賑わっていた。三時半という時間もあって、荷物を預けた午前中より人が多くなっているようだった。英治はふらふらと歩いて、ロビーの傍らにある土産物売り場に訪れた。土産もの売り場の棚には、白い箱に詰められた薄皮饅頭や、ホテルの名前を印字したクッキーのお菓子などが並んでいた。中には日本酒やワインなどもあった。棚の隣に、アイスクリームのケースもあるが、いくら冷凍した状態で宅配できるのだとしても、お土産にアイスクリームを買う気持ちにはなれなかった。これはきっとここで食べるためのものなのだろう。


 祐介は何を喜ぶのだろう、と英治は思った。英治は、実家と祐介に土産物を買って帰る予定である。祐介はあまり好き嫌いがないから、なんでも買って帰れば喜ぶだろうと思った。この店で一番人気のしっとりとしたバター味の生地にクリームの餡が詰まった洋菓子を見て、これでいいか、と思った。

 英治は妙に寂しくなって、ある期待をした。こんなところで偶然にも薫と再会しないだろうか、と英治は思って、あたりを見渡した。目の前に立っていた背の高い黒人男性と目が合った。彼はニカッと笑った。ちょうど若い頃のチャーリー・パーカーの写真のような笑顔だった。

「それ、一番人気ですよ」

 彼は、この土産物屋の店員だった。

「ああ、これが一番人気なのですか」

「ええ、店員の私が言うのだから間違いありません」

「じゃあ、これ、買っていこうかな。でも、まだ帰らないんですよ。帰る日にまたここへ来ます」

「それは賢明な判断ですよ」

 と、その店員は言った。


 英治はもう一度あたりを見まわした。やはり、薫はいなかった。

 その期待は恋愛感情とは違うものだったが、確かに彼女は魅力的な人間であるという実感が胸をよぎって熱くなるのである。あの人は、哲学的な女神のように神秘的な美を待っていた。彼女と話すと僕はなにか変わるかもしれない、と英治は思うのである。しかし、そういう時には、願いは叶わないものである。いつまでたっても、お土産売り場に薫は現れそうになかった。

 英治は、また時間を持て余している贅沢と虚無感をほぼ同時に味わった。

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