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14 白月浜魚市場館

 長谷川東亜の美術館から白月浜商店街へと向かうバスの車内に、すみれと未空の姿はあった。

 すみれは、窓際の座席に座って、窓の外の景色を見つめながら、英治のことをじっと考えていた。景色は、眩しい日光に包まれている。竹林の中の素朴な民家の甍も、茶色く錆びた看板も、犬を連れた少女の姿も、あっという間に、すみれにとっての過去へと消えてゆく。

 すみれは、時間がたつにつれ、自分がしたことのひどさをはっきりと意識するようになってきて、後悔と反省の念がだんだんと強まってきていた。なにもあんなにきつく当たることもなかったのに、とすみれは胸中に渦巻く嫌な感覚を持て余していた。ふたりが白月浜商店街に向かっているのは、そこに英治がいると思っているからである。


(今頃、何してるかな)

 すみれは思った。何をしているのかまったく想像できない。英治は許してくれそうもない気もした。旅先でひとりだけ置き去りにしてしまったのだから、許してくれないのも当然かもしれない。そう思うと、すみれはさらに憂鬱になった。

 ふたりはお昼ご飯もまだ食べていなかった。美術館の付近には、これといった飲食店がなかったのだ。

 未空は、英治が語っていた海鮮丼を自分も食べるのだと思っているらしく、「海鮮丼、海鮮丼」と口ずさみ、時々、陽気な鼻歌を歌っている。それを隣で聞いていると、すみれも僅かに心が癒された。

 バスはなだらかに連なる静かな山側から人が溢れかえった海側へと向かっているようだった。だんだんと道は低くなり、その代わりに道幅が広くなって、バスは薄汚れた建物の並ぶ街路を突き進んだ。


 しばらくすると「白月浜商店街」というバス停に到着し、すみれと未空はバスから降りた。そこは車が行き交い、ビルが建ち並んだ大通りであったが、その片側から細長い路地が続いていて、そこが商店街になっていた。上野のアメヤ横丁の喧騒と港町の匂いを併せ持ったような、そんな場所だった。

 すみれは、未空を連れて、この賑やかな商店街に入っていった。

「ねえ、英治、ここのどこかにいるの?」

 と未空はすみれに尋ねた。

「そうだと思うけど……」

 とすみれは答えつつも、人ごみの中に英治の姿を見つけられずにいた。


 すみれは、商店街の店の並びの中に、白月浜魚市場館と大きく書かれた二階建ての建物を見つけた。未空は、すみれの袖を引っ張ると「ねえ、入ってみようよ」と言った。美味しいものがあるのでは、と嗅ぎつけたらしい悪戯っぽい顔つきだ。その様子はまるで、小学生のようでもあり、それでいて、破廉恥なところのある大人らしさもほの見えていた。彼女が、二十二歳で、それも有名な画家だとはすみれには到底思えなかった。

 ふたりが店内に入ると、一階にはワゴンや棚がいくつも並び、さまざまな魚の切り身やら、干物が売られて、あたりは魚の生臭い空気が立ちこめていた。

 群馬県の育ちであるすみれには、この匂いがなかなか慣れなかった。


「ねえ、あれ……」

 と未空がそっと小声で言った。すみれが未空の見ている方を見ると、そこには英治と見知らぬ女性の姿があった。ふたり仲良く並んで、冷凍された魚の切り身を前にし、なにか話し込んでいるようだった。

(誰だろう、あの女性は……)

 すみれは二人の関係を疑って、すぐに話しかけようとはせず、棚の陰に隠れて、様子を窺った。まさかわたしたちがいない間に、恋人でも見つけたのだろうか、いやいや、そんなはずはない、英治さんはそんな人ではない、とすみれの妄想は活発化した。

 女性は、ベリーショートの茶髪で、身長が高く、まるでバレーボール選手か、宝塚歌劇団の男役のような見た目だった。

 しばらくすると、女性はさんまの味醂干しを取って、カウンターに向かい、購入を済ませた。そして、英治とともに表へ出た。

(なにか、あるんだ……)

 とすみれは思った。


「ねえ、今の誰?」

 と未空はすみれの顔をちらりと見た。未空はあからさまに不満げな表情であった。


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