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13 行方不明の渚

 そこは商店街からほど近いところにある、海を見渡せる展望室のある蝋燭(ろうそく)のような塔だった。

 英治が、薫に導かれながら、中に入ると、観光客で混みあっていて、一階には洋品店や飲食店やお土産売り場があった。中国人観光客のさも楽しげな声が響いている。良い香りを漂わせているパン屋さんもあった。薫は、パン屋に入ると、丸々としたあんパンをさも懐かしそうに眺めていた。

「食べたかったら、一個ぐらい、買ってもいいんですよ?」

 英治は訳がわからず、薫に言った。

「いえ、いいんです……」

 食事制限をしているのかな、と英治は不思議に思った。身長が高くて痩せている薫は、まるでマネキン人形のようだが、それでもまだ食事制限をしなくてはいけないとは、舞台役者も大変なものだ、と勝手なことを思った。


 ふたりはエレベーターを昇った。窓ガラスの外の大地は沈んでいった。体が浮いたかと思うと、もう展望室だった。入場料は無料だった。展望室と言っても、海岸近くにあるというだけで、高さは十五階程度のものだった。

 展望室からの眺めは最高だった。英治はエレベーター近くにある自動販売機で冷たいココアを買うと、その紙コップを片手に、海を眺めた。


 夢のような青い海が広がっている。人が胡麻のようにまぶされた白い海岸も、あの白月浜グランドホテルの高級なビルの姿も、海と町を囲もうとするかのようななだらかな山も、自分を取り囲むパノラマのように見渡せ、商店街の並んだ屋根瓦も賑わいもずっと眼下に見えている。

「あなたが、つれてこようとしていたのって、ここですか」

 英治は薫に話しかけた。

「ええ」

「でも、なぜ……、いえ、確かに素晴らしい眺めだ。それに冷房が効いていて涼しい。でも、あなたが僕を誘ったのは、単にこの場所の眺めがいいって理由だけではありませんね?」

「そうですね」

 薫は何か考え込んでいるようだった。しばらく、彼女はじっと景色を眺めていたが、

「ここに来たのには別の理由があります」

 と言った。

「なんですか、その理由とは」


「ここにくると色んなことを思い出せるんです。ここは、かつて、渚ちゃんがすごく気に入っていて、ふたりでよく遊びに来た場所なんです」

「渚ちゃん?」

「長谷川東亜先生の娘さんです。とてもいい子でした。わたし、先生のご自宅に遊びに行ったときに、親しくなったんです。わたしたちは本当に仲が良くて、わたしが東亜先生に会いにこの町まで来た時には、必ず渚ちゃんがわたしに町の名所を紹介してくれたんです。その場所のひとつがここでした。ここの一階にあるパン屋さんのあんパンは渚ちゃんの大のお気に入りだったんです」

「あれは、確かに美味しそうでしたね。あなたがあんパンを懐かしそうに見つめていたのは、そういう訳ですか。でも、どうして僕なんかに?」


 すると、薫はあたりをそっと眺めると、小さな声で、暗い声を出した。

「実は、渚ちゃんは三年前に突然、行方不明になったんです」

「行方不明に?」

「ええ、その時も、わたしは、長谷部東亜先生や芸術家の仲間たちと、長野県を旅行していたんです。そこには長谷川先生の別荘と美術館があるんです。そしたら、ある晩でした。渚ちゃんは、わたしに「月に行ってくる」と告げて、そのまま、姿をくらませてしまったんです」

「月に……?」

「ええ。でも、きっと、事件か事故に巻き込まれたんだと思います」

 英治は驚いて、薫の顔をじっと見た。


「人が突然いなくなってしまう……。それって、とても恐ろしく、悲しいことだと思いませんか。英治さんの話を聞いていたら、ちょっとあの子のことを思い出しましてね。あの子と最後に会ったのはわたしでした。あの時、わたしはあの子の話をあまり真剣に聞いてあげなかったんです。そのことに責任を感じていないといえば、嘘になります。英治さん。旅のお仲間とできる限り早く仲直りをすることですね。いつもそばにいると思って接していると、きっと一生後悔することになります」

 薫は、そう言うと、また黙り込んでしまった。英治は声をかけることもできなかった。

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