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12 紹介したい場所

 英治は、薫と一緒に「みよし」から出た。

 商店街は相変わらず人に溢れていて、声と物音がひしめき合い、さまざまな匂いが漂っていた。人々の表情もまたさまざまだった。英治は人にぶつからぬように気をつけながら、その中を流されるように歩いた。

 商店の連なりの頭上に、白く輝いた太陽が寂しげに南に傾いている。


 英治は、現在の自分の心理状態を客観視すると、海鮮丼を食べる前よりも大分、混乱している気もしたが、それでも、先ほどより、ずいぶん明るく前向きになっているとも思った。

 さて、ホテルに帰ろうか、と英治は思った。こんな場所に何時間もとどまっているよりも、ホテルに帰ってすみれと未空を待つ方が、気持ちの上でもよい気がしたからだった。

 とにかく、こんな馬鹿馬鹿しい仲違いはできるだけ早くやめにしたいと思っていたし、そんな心配を抱えながら、観光をするのはあまり心地よくなかった。それに商店街は飲食店ばかりで昼食を済ませてしまうと、もうほとんどやることがないのだった。


「英治さん。今、時間ありますか」

 と突然、薫は言った。

「え、なぜ」

 英治は驚いて、薫の顔を見つめた。彼女はなにか深刻な顔をしている。

「紹介したい場所があるんです」

「どこですか」

 英治は訳がわからず、聞き返した。薫はやけに淡々としている。

「ここから近いところです」

「申し訳ないのですが、僕はもうホテルに帰ろうと考えていて……」

「そんなに早く帰ってもしょうがないですよ」

「そうかな」

「そうですよ」

 薫はきっぱりと断言した。その断言の根拠がいまいち英治には分からなかった。


「付いてきてください」

 薫はそう言って、商店街の中を歩き続けた。あまりにも、せっかちで自分勝手な行動である気がして、英治は少し呆れた。

「どこへ行こうとしているのですか」

 英治は不機嫌になって尋ねた。

「どこって、どうでもいいじゃないですか。()()()()()()

「そんなことですって。でも、僕はあなたの言うことがよく分からない」

「ねえ、英治さん。芸術はお好きですか?」

「芸術? いえ、分かりません。正直、僕にとって、あれほど訳の分からないものはない。もしも、そういうことで誘っているのから、他の方を誘った方が……」

「あなたは芸術は訳わからないと仰る。でも、人生って、ひとつの芸術だと思うんです。考えてみてください。私とあなたが出会って、私はあなたの悩みを聞いたんです。私のおかげで、あなたの人生はちょっと明るく変わりましたね」

「そうかな」

「そうですよ。今、あなたの表情はとても変わりました。それって、私があなたの人生のほんの一部をクリエイトしたわけです。それって、とても芸術的なことですよ。そして、今度は、あなたが私の人生をクリエイトしてくれたら嬉しいんです。出会いってそういうことですよ。芸術制作なんですよ」

「へえ……」

「早い話、あなたの悩みを聞いてあげたのだから、ちょっとぐらい私の悩みに付き合ってくれてもいいはずです」

「はあ」


 英治は、薫が何を言っているのか分からなかった。ただ、不思議なことを言う人だな、という漠然とした印象が英治の混乱した思考の中で唯一はっきりとした感覚なのだった。

 意味はわからないが、こうして薫と一緒にいることはあまり悪い気がしない。どんよりとした曇り空のような気持ちのまま、ひとり歩いているよりは、ずっと癒しだったし、楽しかった。

「あなたって、とても不思議な方ですね。なんだかわからないけど分かりました。それで、本当にどこへ行くんですか」

 と英治は薫に尋ねた。薫は、英治の顔を見ると、問いに答えずに、にいっと曖昧に笑った。

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