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103 大切な人

 英治は、わずかにこの状況に責任を感じていた。もし、目の前のゆかりんが自分のことに恋愛感情を持っているのに、自分が麗華さんと結ばれたら、一人の女性を不幸にしてしまうのではないか、と英治は、柄にもなくプレイボーイのような悩みを感じはじめていた。いや、本物のプレイボーイならば、そんなことで悩むはずもないが。


 英治は、渚と共にその旅館から出ると、彼女が抱えているらしき悩みを、束の間でも忘れられるようにと思って、彼女を白月浜商店街に連れて行くことにした。正直に言うと、彼は、白月浜商店街と白月浜水族館ぐらいしか、この町の観光名所を知らないのだった。初対面の女の子を水族館に誘うのは、英治には若干の抵抗があった。そうなると消去法で、白月浜商店街に案内することになったのだ。


「でも、室生さんと会えてよかったです」

「どうして?」

「わたし、ずっと心細かったんです。この町に来てから、ずっと一人で……」

 とゆかりは、商店街へと向かう道の途中で、うつむき加減に言った。さっきもそんなことを言っていたな、と英治は思った。しかし、その心細さとはなんだろう、と彼には分からなかった。

「そうなんだ。一人旅をしようと思ったきっかけは何だったの?」

 英治は、ゆかりのことをまだ何も知らない。下着の色だけは偶然にも知っているが、それを知っていることの数に入れるほど彼は野暮ではない。二人きりで時間をつぶすとなると、最低限知らないといけないことも多いはずだ。彼女は何者なのか、そんな疑問が英治の頭を支配する。


「会いたい人がいるんです。だから、この町に戻ってきたんです」

「会いたい人? 戻ってきたというと、以前この町に来たことがあるの?」

「住んでいたことがあるんです。でも、それはなんだか、ずいぶん昔のことのように感じられます。たぶん実際に経った年月よりもわたしは長い間、この町から離れていたんです」

 詩のような、SF小説のような奇妙なことを言うと英治は思った。意味は分からなかった。

「会いたい人ってどんな人?」

「私の大切な人です」

 そう言って、ゆかりは一瞬微笑んだが、すぐに悲しげにうつむいた。


「その人と会うことに躊躇しているの?」

 ゆかりは答えなかった。英治はただならぬものを感じて、それ以上質問できなくなった。

「なんか悪いことを聞いちゃったかな」

「いえっ。お気になさらず。わたし、商店街で、アイスクリームが食べたいです。きっとおいしいお店がありますよね」

「まあね。夏だし、アイスクリームは売っているんじゃないかな。何味が好きなの?」

「何味でも。まあ、今日はバニラかな」

 そうこうしているうちに、商店街の店並みが見えてきた。色々な海産物の匂いが漂っている。さまざまな飲食店が並んでいる。英治は、先ほどのジャズ喫茶で、ハンバーガーを食べてしまったから、腹は空いていない。


 商店街の入り口のそばにあるアイスクリーム屋で、二人はバニラのアイスクリームを一つずつ購入した。円形のテーブル席が、屋外の日陰にあったので、二人はそこに座って、バニラアイスに舌鼓を打った。

「さっきジャズ喫茶にいたけど、徳留さんは、音楽が好きなの?」

「ええ。わたし、以前、弾き語りしていたんです」

「ああ、そういうことなんだ」

 英治は納得した。ジャズ喫茶で、音楽にのっていた様子を思い出していたのだ。

「もう三年は、弾いていませんけどね……」

 とゆかりは呟くと、なにか考え込むように静かになった。英治は、ゆかりが時々見せる暗い表情が気になった。そして、あらためて、大切な人って誰だろう、と思った。

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