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101 少女にお願いされて

 英治は、腹ごしらえを済ませると、ほっとしてため息をついた。依然として、店内にはギターの音色が響いている。英治は、ジャズを聴きたいわけでもないし、そろそろ出てもいいかと思った。ところが、たとえ出ても自分にはゆくところがないことに気づいた英治は、変にがっかりしてしまって、この店から出る気持ちが跡形もなく消えてしまった。

 英治は、気晴らしに何か小説でも読もうかと思って、店の奥の壁際にある本棚に近づいていった。その近くには、先ほどの未空によく似た女性が座って、珈琲を飲んでいる。英治は、本棚を覗き込んだが、ジャズに関する書籍ばかりで、自分の興味のあるものは一冊もなかった。

(ジャズか……)

 英治は気休めになるだろうか、と思って、そのうちの一冊を手に取り、ぺらぺらとページをめくった。そして実際に「六十年代の名盤」と書かれた記事の冒頭部分を読んだが、専門用語が多くて、少しも分からなかった。


「あの、ジャズがお好きなんですか?」

 と可愛らしい声が聞こえて、英治が振り返ると、未空によく似た少女がじいっとこちらを見つめている。

「あ、いえ、僕はそんな……。ただ、ハンバーガーを食べようと思って入っただけのことですよ。そういうあなたは相当ノッていらっしゃったようだけど」

 少女が困ったように、ふっと笑った。

「いえ、もうノるしかないんですよ。ここで、チーズケーキセットを食べたんですけど、実は旅館に財布を置いてきちゃったみたいで。もう二時間も出るに出れずに、音楽に合わせて体を動かして、囚人の気持ちを紛らわしていたんです」

「それは……」

 英治は、何と答えてよいか分からなくなった。


「つまり無銭飲食……」

「い、いえ、旅館にちゃんとお金はあるんです。それで、こんなことを初めてお会いした方にお願いするのもなんなのですけど、千円札を一枚、貸していただけませんか?」

 英治は、状況を飲み込み、すぐに頷いた。その程度のことで、人助けができるならかえって幸運というものだ。これは別に目の前の少女が可愛かったから関係ができて幸運だというような話ではない。英治の孤独を癒せるものは、今はただ人助けしかなかったところに運良くその機会が与えられたのだ。

 英治は、頷くと自分の席に戻って、財布を取り出し、少女に千円札を渡した。しかし結局、少女が旅館で財布を取るまでは一緒にいなければならないことを考えると、一緒に会計して、外に出てしまった方がよい気がした。そこで、二人そろって荷物をまとめると、入り口近くのレジへと向かった。


「もうお帰りですかな。おや?」

 マスターはそう言いながら、レジへと歩いてきて、ずっと読んでいた文庫本をカウンターの端に置くと、並んで立っている二人をまじまじと見比べて、

「お知り合いでしたか」

 と、さも不思議そうに言った。先ほどまで、そんな様子もなかったのに、という顔だ。

 英治はその不審そうな目つきに、刑事の尋問の記憶が蘇ってきて、ひやりとした。そこで、彼はつい嘘をついてしまった。

「この子は、僕の妹です」

 マスターは首を傾げながら、まあいいか、という様子で、ふたりの会計を済ませようとした。英治が、二人分の代金を一度に支払うのをみて、マスターはいよいよ何も言わなくなった。

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