100 ハンバーガーの味
英治はその女性のことが気になった。なぜならば、その女性は、未空と顔が瓜二つだったからだ。しかし、未空が着なさそうな黄色いワンピースを着ているし、顔もよく見ると、こんな顔ではなかった気がしてくる。
ただ、未空と仲の良い英治がすぐには気づけないほど、似通っているのだ。
英治は、その女性と目があった。今にも自殺してしまいそうな目だと思った。瞳の奥に、地底湖の水のように冷たい陰りが潜んでいた。
その目が何かを訴えかけるように、英治の顔をじっと見つめていた。そして英治には、今という時間が永遠に感じられた。店内に流れているジャズも、ぴたりと音を止めていた。そう感じられた。
女性は、珈琲カップを片手に、ジャズを聴いている。その間もなにかに悩んでいるらしい様子は見受けられた。気が付くと、ボサノバらしきジャズは終わり、レコードのブツブツという音が大きく響いていた。マスターが次に選曲したのはジャズギターのアルバムであるらしく、弦を弾く柔らかな音色が、軽快に響き渡った。
女性は腕組みをしながら、首がこくんこくんと揺らして、正確にリズムを取っていた。ジャズが好きなんだろうか、と英治は想像した。
しばらくして、先ほどのマスターがアボカドの入ったハンバーガーとフライドポテト、そしてバナナジュースのグラスが乗ったお盆を持って、近付いてきた。
英治は、それを受け取るついでにマスターに色々尋ねてみようと思った。
「今、流れている曲は何ですか?」
「ジャズギターの古い名盤なんだけどね、ジャンゴ・ラインハルトの演奏だよ。ご存じかな」
「いえ……」
「ここは、ずっとジャズ喫茶だったんだけどね、それだけじゃやっていけないから、昼間のうちはハンバーガーのレストランを始めたんだよ。夜は、バーになるんだ。もともと、軽食を作るための厨房はあったから、料理はどうにかなったんだね」
「そうなんですか。どうりで、大きなスピーカーだと思いました。ところで、あそこの女性はいつからいらっしゃっているのですか?」
マスターはちらりと隅の席に座っている女性を見て、
「もう二時間もいらっしゃいますよ。あの真剣な聴き方、リズムの取り方からして、音楽系の方ではないかと思うのですがね」
と自分の推理を語った。
そうかもしれない、と英治は思った。まったく音楽と縁のない人間が、ジャズ喫茶で音楽を聴きながら、そう簡単に体を揺らせるはずがない。この女性は間違いなく、なにか楽器ができるのだろう、と英治は思った。
英治は、そこまでで考えるのを止めにして、目の前のアボカド入りハンバーガーをぐいと掴むと、一口頬張った。焼きたてのジューシーな牛肉のうま味と、クリーミーなアボカドのまろやかな甘みが一体となって、実に美味しかった。気分が悪くなるような事情聴取の後のことで、本来ならば、味など感じる余裕もないはずだが、疲労感と空腹感に急き立てられるようにして、夢中でハンバーガーにかぶりついた。フライドポテトもろくに噛まずに飲み込んだ。そして、大きなグラス一杯につがれたバナナジュースをストローも使わずに、ぐいとあおった。




