99 白いログハウス
英治が、白月浜警察署での事情聴取を終えて、白月浜グランドホテルに戻ってきたのは、午前二時頃だった。深夜の事情聴取は、人権侵害になるからと現在の警察では避けられているらしいが、国木田刑事は、英治から重要な手がかりが得られると期待するあまり、ついついこんな時刻まで尋問を長引かせてしまったのだろう。
英治は、くたくたに疲れた状況で、ホテルに帰ってきて、そのままベッドに倒れると、たちまち寝入ってしまい、目覚めた時には、もう昼頃だった。
(ああ、胡麻博士との約束をすっぽかしてしまった……)
英治は、そんなことを考えて、しばし呆然としていた。しかし、わけを言えば胡麻博士は許してくれるだろうとも思った。
あの国木田と言う刑事の執拗な追及には参った。英治は事件のことをまったく知らなかったが、どうやら長谷川東亜邸で殺人事件が起きたらしく、その犯行に自分が一枚噛んでいると思っているらしい、と感じ取った。英治には、アリバイがなかったが、動機もなかった。警察としても、それ以上疑わしいところは何も見つけられなかったらしく、解放せざるを得ないといった様子だった。
国木田刑事は、どうやら未空を疑っていて、その犯行に英治が協力しているのではないかと探っている様子も見受けられた。そして、英治を叩けば、何か出るのではないか、と期待していたらしい。しかし結果は何も出なかったのだろう。
(一体、何が起きているんだ……)
英治は、寝癖で乱れた髪を撫でながら起き上がると、胡麻博士に電話を掛けた。しばらく着信音が耳元で鳴っていたが、反応はなかった。次にメールを送ったが、これも返信はすぐにありそうもない。
英治は、すみれや未空にも同様の連絡したが、結果は同じだった。
(白月浜神社に行けば、胡麻博士に会えるのかな)
でも、英治はなんだか、胡麻博士に会うのが億劫だった。約束を破ったということもあるし、昼過ぎになってしまったのに、今更合流してどうするのだ、という気持ちもあった。
英治は、とにかく空腹を紛らわそうと思った。荷物を持つと、ろくに顔も洗わずに、白月浜グランドホテルから飛び出した。そして海岸沿いを歩いた。すでに観光客たちが水着になって、強烈な日光の中で、海水浴を楽しんでいる。英治は、真っ青に染まった大空に包み込まれているような感覚にとらわれながら、ふらふらと道路を歩いた。
(散々な旅行だな。独りぼっちな上に、殺人事件とは……!)
海沿いの道路を突き進むと、人通りが少なくなって、地元の住民の家が建ち並んでいるあたりに、白い外壁に、三角屋根のログハウスが建っていて、看板には、英語で何か店名らしきものが記されていた。英治は、どうやら、ハンバーガーショップらしいと思った。
窓から覗き込むと、店内は空いているようだし、ここでいいか、と思って、ドアを開いた途端、重厚感のあるテナーサックスの音色がゆったりと店内から漏れ出してきた。うわ、なんだここは、と思いながら、店内に入ると、大きな窓から青い海が見えている。木造りのテーブルが並んだ先に、大きなスピーカーが左右に並んでいた。そこから、ボサノバのような雰囲気のジャズが流れ出ていたのである。
サングラスをかけて、アロハシャツを着ているマスターらしき男性が、のっそりと歩いてきて、小さなメニュー表を手渡してきた。それを見ると、確かにハンバーガーショップのようである。
「アボカドバーガーセットで……」
「飲み物は……」
「バナナジュースで」
「あいよ」
マスターは、そういうとカウンターの向こうに戻った。変な店だと英治は思った。そして、店内を見まわすと、隅の席に若い女性が一人で座っているのが見えた。




