53 受け継ぐという事
薫と弘人の力を、芙美と修司が受け継ぐという話だ。
「そんなことできるんですか?」
「前の五人は全員が死を望んでしまったから、できなかったの。ある程度魔法の耐性がついている魔法使いじゃないと、別の力を受け入れることはできないから。けど二人に受け入れる覚悟があるのなら、修司と芙美にはその資格があると思う」
前向きに提案しつつも、ミナの表情に迷いの色が見える。
「そんなことできるなら、私だって引き受けるよ」
「ありがとう、咲。でも、一つの力を分けることはできないから、二つの力は二人にしか移動できないのよ」
「二人はそれでいいのかい? 私が変わったっていいんだよ?」
咲に言われて、芙美は「うん」と頷く。
実際にまだピンとこなくて不安な気持ちもある。
「力を受け継ぐってことに抵抗はないよ。使いこなせるかどうかは分からないけど。強くなれるなら、それでいい」
「力を抜かれた二人はどうなる?」
ずっと黙っていた修司が改まって尋ねた。薫と弘人は最初こそ喜んだが、ずっと困惑した表情を浮かべていた。
ミナは「そうね」とうつむいて一人納得したように頷くと、五人に向けて顔を上げた。
「まず、芙美と修司の力は実質的倍になる。だから、沸き出る魔翔のレベルは桁違いに上がるわ。出現頻度も上がるだろうし、使いこなすのも大変だろうけど、これからは私もちゃんとサポートするから。慣れる努力をする、ってことに尽きると思う。あとは、今の芙美が少しみんなより弱いように、咲が気を付ければ問題ない」
「私はマイペースでやらせてもらうよ」
任せて、と咲は胸を張る。
「そうね。それに、弘人と薫。貴方たちの記憶は全て消える。初めて私に会った日から、魔法に関すること全部よ」
弘人と薫は顔を見合わせ、次に芙美へと視線を向けた。
芙美は「えっ」と声を漏らす。
「私たちのことも忘れちゃうってことですか? なら、私の中からも二人のことが消えちゃうんですか?」
「ううん。それはあくまで二人だけの事なのよ。二人が魔法使いで居たことは現実だからね」
「そう――なんですか」
町子が過ごした弘人との記憶が彼の中から消えてしまうということ。
芙美は自分の胸元を掴んで、急に沸き上がった衝動を抑えた。
「本当にいいの? 二人とも」
薫は困惑した表情で二人に尋ねた。その横で、弘人が小さく唇を噛み芙美の前に出る。
「芙美」
初めて弘人に今の名前を呼ばれた気がした。
町子と呼ばれることを望んだのは芙美自身だ。最初はそれでいいと思って居たのに、会う時間が多くなるほど、その呼び方に寂しさを覚えた。
「ごめんな。これは俺の責任だし、死んでもいいと思ってる。けどもし生きられるなら、忘れちまってもいいから、みんなでまた会えたら嬉しいよ」
「弘人……謝るのは私の方だよ。でも、どんな形でもいい。生きて」
流れ出す涙を止めることができなかった。最後なのに、弘人は昔のように抱きしめてはくれなかった。隣で肩を叩いてくれたのは咲だ。差し出されたハンカチで強く目を拭くと、できる限り精一杯の笑顔を作って、芙美は薫の所へ行く。
「ねぇ薫、私が芙美になって初めて会った日、車であの曲が聞けて嬉しかったよ。ありがとう」
咲の車で聞いた、町子の好きだった曲。薫が覚えていてくれて、セレクトしておいてくれた。
「私は町子が嫌いだったけど、芙美のことはそんなに嫌いじゃない」
晴れやかな表情の薫を見て、芙美はまだ自分が町子だった頃の彼女を思い出していた。
いつもの茶色いセーラー服姿で、美人で控え目で、冷静に判断する彼女は、芙美の憧れだった。
「私はずっと好きだったよ、薫ちゃん」
素直な気持ちを伝えると、薫は面食らった表情をして、やがて穏やかに笑んだ。
ミナは杖先で左の掌を叩き、講義する教師のようにくるりと五人へ身体を向けた。
「じゃあ、二つの力、二人に受け取ってもらうわよ」
「あの、できたら私が弘人の――」
「芙美。ごめんね、それはできないのよ。貴女の属性は火でしょ? 弘人の水は対極だから、それぞれを打ち消してしまうの。貴女の身体に無理な負担を掛けてしまう。だから、貴女には闇を受け入れてもらう。修司の風と水はうまくいくから」
弘人の力を受け継ぐことができればと思ったが、冷静に考えると、火と水を一緒にさせることができないなんてわかることだ。そんな事実が自分と弘人を表しているようで、寂しさが込み上げてくる。
「そんなに落ち込まないで。この決断は誰も殺さない。これだけで素晴らしいと思わない? 弘人と薫にだって、また会えるから」
肩にそっと手を当てて、ミナが芙美を覗き込んでくる。大魔女はこんな人だっただろうか。ここにいるのは、いつもの優しい寮母のミナだ。
「――うん。そうですね」
サヨナラじゃない。
十七年前、雪の中で冷たく死んでいった町子や類の時とは全然違う。
これで良いと思える。
「弘人も薫も、また会おうね」
「もちろん」と二人が声を揃えた。
「じゃあやるわよ。だいぶ力を使うから、私は二日くらい寝込んじゃうわね」
「その時はまた、夏樹が看病してくれますよ」
「そうね」とミナは嬉しそうに笑って、辺りをぐるりと見渡した。
「魔翔もだいぶ残ってるけど、三人とも頼むわよ。貴方たちは強い。自信を持って」
ミナは自分の杖を高く掲げた。
「弘人に薫。貴方たち二人は自分のベッドに送ってあげるから、まずはゆっくり休んで。そして自分が納得できる未来を進みなさい」
くるりと回された杖の先から、突然強い光が放射した。
辺りを白一色に飲み込んでいくが、うっすらと背景の形は風景に残っている。
その中でミナは、弘人と薫に一人ずつ杖を向けた。まるで手品か何かのように二人の胸元に光の玉が現れる。ソフトボール程の大きさの青い球と黒い球で、二人の魔法と同じ色だ。
「あ……」と零した修司の声に、芙美もその記憶に気付くことができた。懐かしいと思える。
初めて大魔女に会った時、同じものを見た。
「じゃあ、いくわよ」
思い出に浸るのも束の間、ミナの声に二人の身体が色を無くしていく。もうこれで会えないような気がして二人に何か声を掛けねばと思ったが、うまく言葉にできず芙美は声を掛けることができなかった。
咲が、「二人とも、またね」と消え行く先に届くように声を上げる。
薫が手を振ろうと片手を上げたところで、二人は完全に光の中へ飲み込まれてしまった。
「お疲れさま」
シュッと火が縮むような音がして、ミナが何もなくなった空間に言葉を送った。
白い光が消えて背景がはっきりと戻ってくる中、青い球と黒い球はミナの広げた掌の上にボオッと浮かんでいる。
「こんなのだったね」と感慨深い表情で見つめる咲。
「これが魔法使いの力になる。二人とも覚悟はいい?」
そう言ってミナが手を横に滑らせると、芙美の前には黒、修司の前には青の光がスウッと飛んできた。
「闇の力なのに、あったかいね」
ふんわりと感じる温度。
球体の中で光が揺れていて、まるで生きているように見える。
「そうね。じゃあ、あとは頼むわよ。私はもう役に立たないから、撤退するわ」
少しずつ光の温度が上がってきて、芙美と修司は目を閉じた。
温かくて優しい光に包まれて。次に目を開いたとき、目の前には光もミナの姿もなかった。
「行っちゃったよ。大魔女の力だと、この空間から出れるとはね」
そう咲が呆気にとられた顔で説明する。異次元を出させて彼女を誘き出すという薫たちの計画も、結局ミナに踊らされていただけだったのかもしれない。
ミナが消えて、そこには黒い魔翔の姿があった。
人間の形だ。きっとこれは、弘人と取引した奴だ。けれど、奴の声を言葉として理解することはできなかった。
「いける」と修司は自信満々に杖を振りかざす。緑の光を操る風の魔法使いだった彼の杖から、水色の光が現れた。
芙美は自分の杖を確認した。ボオッと赤く光るいつもと同じ自分の杖だ。けれど、それだけではないよと何かが自分に語り掛けてくるのが分かった。
「うん、大丈夫」
赤と絡んで伸びる紫色の光を確認して、芙美も魔翔に向けて手を伸ばした。
負ける気はしなかった。




