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52 過去からの再会

 咲が「大丈夫かい?」と芙美の負傷した腕をそっと掴んだ。

 温かい光が滲んでくる。血の跡は残っているが徐々に痛みは緩和して、芙美は「ありがとう」と礼を言った。

 薫は品定めするようにミナの顔を見つめ、「そのままなのね」と苦笑する。


「やっぱり学校に居た。大魔女は咲の異次元の中に入れてしまうものね」


 修司は薫を睨んで肩越しにミナを一瞥する。


「アンタは隠れてて良かったんだぜ」

「隠れてたら間に合わなかったわよ?」

「はぁ? 何のこと――」


 「ナイショ」と小さく笑んで、ミナは芙美にウインクする。

 薫は前へ一歩踏み出すと、


「覚悟はいい? 大魔女。もう弘人を苦しめないで。何もかも終わりにさせて」

「そうね。分かってるつもりだったけど、本人の辛さなんて他人に分かるわけないわよね」


 薫の横に弘人が居る。彼は大魔女を前にしてもぼんやりと視線を泳がせていた。

 二人は予想以上に冷静だ。不思議がる芙美に気付いて「もうこうしているのも限界なのよ」と説明する薫の手が、しっかりと弘人の腕を掴んでいる。

 少し浮いた指の間から、彼女の放つ褐色の光が零れた。


「弘人の中の魔翔を抑えているのも、あと数分で耐えられなくなる。だから大魔女、最後に聞かせて。私が貴女を殺したら、本当に災いが起きるの?」

「起きるわ。私の肉を食らって、魔翔の力が最大になる。人間にも被害を加えるようになるわ。そして、私が死ねば貴方たちの力も消える。つまり魔翔を倒す魔法使いもいなくなって、野放し状態。この世界は壊滅するってことよ」


 薫はぐっと息をのんで、切れ長の瞳でミナを見据えた。


「じゃあ、私と弘人が貴女に殺されれば、全て終わらせることができるのね」

「類や町子のように生まれ変わることができなくなってしまうけどね。それでもいいの?」

「さっきはああ言ったけど、全てを終わらせることが私たち二人の出した答えよ」


 予想外の言葉に、芙美が「えええっ」と声を上げた。


「薫、アンタまで何言ってんだい? アンタは魔翔と取引してないだろう?」

「じゃあ、咲はここで殺し合いすることを望むの? 私は弘人を一人にしない。同じ運命を生きようと思うし、貴女が戦いを望むなら、望み通り殺すわよ」

「何もそこまで弘人の為にしなくても」


 冷静な咲でさえ動揺を隠せない様子だ。


「二人で死ねれば本望だわ。私は最初からずっと弘人の事を見てきたのよ」


 芙美は何も言葉を返すことができなかった。彼女の想いを超える自信はない。弘人のことを好きだと思うのに、薫と同じ未来を選んだところで戦線離脱は目に見えている。


「町子だって私たちと戦うつもりだったんでしょう? 類の時みたいに」

「だって、それは――」


 本気でミナを殺すというなら、戦わなければならないと思ってただけのことだ。


「私だって貴方たちを本気で殺したいなんて思ってないのよ。弘人の為なら戦闘も仕方ないと思って来たけど、昨日私には何もできなかった。だから――」

「だからじゃないよ。だから自分が死ねばいいなんて、間違ってる」


 芙美は杖をポケットにしまった。薫に詰め寄って、声を張り上げる。


「死にたいとか言わないでよ。死ぬのがどれだけ痛いか知ってる? 私は知ってるよ。身体も心もいっぱい痛いんだよ。残された人が辛いことだって、薫が一番知ってるでしょ? だから生きてよ。魂の世界なんてないんだよ?」

「じゃあ、どうしろって言うのよ。ずっと魔翔と取引してろっていうの?」


 弘人を制御していた薫の手が、ガクガクと震え出す。もう彼女には限界らしい。


「全く。また私に殺して欲しいとか、冗談言わないで」


 低くため息をつきながら前に出て、ミナは杖を弘人の胸元に突き立てた。ブンと音を立て、白い魔法陣が彼の白いシャツに重なると、弘人は急に正気を取り戻して顔を上げた。


 「一時的なものだけどね」と、ミナは杖を彼から放す。

 状況を飲み込めず辺りを見回す弘人に、薫は今朝からのことを大まかに説明する。


「そう……だった。大魔女、アンタに殺して欲しい」


 そう言って頭を下げる弘人に、芙美は心臓の辺りにチクリと痛みを感じた。

 バサバサと魔法使いを求めた鳥型の魔翔が背後から二体現れ戦を挑んできたが、修司が瞬く間に一掃する。


「流石ね、修司」


 満足そうに微笑んで、ミナは次に修司と芙美に尋ねた。


「強くなりたい? 二人とも」

「昨日言ってたやつ、か?」


 不安を垣間見つつも、力は喉から手が出るほど欲しい。芙美も修司も即答して頷いた。

 ミナは「良かった」と薫たちを振り返る。


「失うものもあるけど、死ぬよりはいいと思う。闇と水の力を、二人へ移します」


 戸惑う五人を前にミナが出した提案は、芙美にとって弘人との別れを意味するものだった。


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