45 強くなりたい
寮に戻ると既に辺りは暗くなっていたが、まだ食堂の明かりは煌々とついている。
「大魔女に説明できる?」
咲は助手席の窓を開けて身体を乗り出し、外に降りた二人に声を掛けた。
「あぁ。あとは何かあったらすぐ報告する」
「そうだね、頼んだよ。あの二人も疲れてると思うから、夜中に何かしてくるってことはないと思うけどね。芙美も修司も眠れないかもしれないけど、今日は休んだ方がいいよ。私は明日の朝また来るから、一旦帰るね」
何かあったら夜中でも連絡して――と念を押して、咲は暗い夜道を帰って行った。
芙美は修司と寮へ入り、その足で寮母室へ向かう。建物に漂う温かい食事の匂いといつもと変わらないにぎやかな声に、芙美はホッと安堵した。
寮母室に夏樹の姿はなかった。パジャマ姿のミナは二人の顔を見ると、ベッドから起き上がって「お疲れさま」と温くなった額のタオルを外した。
少し疲れた顔をしているが、ミナは思ったより元気そうだ。
ダムでのことを修司が説明するのを、芙美は彼の後ろでじっと聞いていた。
薫と弘人が大魔女を倒そうとする意志は変わらないこと。弘人が魔翔に乗っ取られているということ。
ミナは相槌を打ちながら最後まで聞くと「わかりました。ありがとう」と礼を言って、今度は「うーん」と唸った。
「予想通りと言えば予想通り、だけど。どうしましょうか……」
小首を三往復ほど捻らせてから、ミナは視界に飛び込んだ時計が示す時間に眉を上げた。
「とりあえず一晩考えてみるから、二人はきちんと食事をとって。夜はきちんと寝て体力を戻しておいてね」
食堂が閉まるまであと十分。一分でも遅れると夕飯を食べ損ねてしまう。山の中にポツリと建つ寮からは、コンビニや商店も遥か彼方の距離にしかないのだ。
けれど夏樹の事が気になって、芙美は時計を確認してぺこりと頭を下げた。
「夏樹……佐倉先生が、すみません」
夏樹がミナに付きまとっているようにしか見えず、姉として謝りたかった。けれどミナは「頭なんか下げなくていいのよ」と手を振った。
「佐倉先生も別に悪いことしてるわけじゃないし。でも、町子の弟だもんね。貴女が悩んでしまうのも無理ないけど――気にしてないから」
「はい。ありがとうございます」
礼を言いつつも下を向いたままの芙美を、ミナは覗き込んだ。
「でも気になる? 私が大魔女だから」
「そっ、そんなことは……少しだけ」
正直に答えて、芙美はミナから目を反らす。
彼女は大魔女だ。外見は周りに溶け込んでいるが、十六年間彼女の身体が時を刻まないことが表すように、普通の人間とは少し違う。
だから二人が恋愛関係になるんてありえないと思っていた。
けれど、それは絶対ではないと感じる。
「芙美になって、ここに戻ってきて――幸せの定義が人それぞれ違うってことを知らされた、って言うか。芙美はずっと魔法使いに戻って戦うこと、強い自分になれることが幸せだと思ってきたんです。でも、弘人は戦うことなんて全然望んでいなかった。だから、私が誰かの幸せを決めつけることなんてできないって思って」
「んもう、頭の中が飛躍しすぎよ。青春漫画の読みすぎじゃない?」
思わず頬を紅潮させるミナを、可愛いと思ってしまう。
「でも、幸せの定義が人それぞれってのは、正しいと思うわ」
下げていた首をぐいっと上げて、芙美は「そうですよね」と目を輝かせた。
「だから夏樹の事、私には遠慮しなくて良いですからね!」
ミナはふふっと声を出して笑い、「ありがとう」と目を細めた。
「じゃあ、幸せの定義ついでに、一つ聞いてもいいかしら」
ミナは二人を交互に見つめ、「ねぇ?」と尋ねる。
「二人はまだ、魔翔と戦いたいと思う? もっと強くなりたいと思う?」
「強く、って。今以上に――ですか?」
芙美は修司と顔を見合わせて、確認し合うように頷いた。
「もちろんです。そんなこと、できるんですか?」
「聞いてみただけ。強くなるのは大変なのよ? 貴方たちが魔法使いになったようにね」
悪戯っぽく笑って、ミナは「時間よ」と二人を部屋の外へ送り出した。




