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3 過去からの思い

 窓際に並ぶ机を挟んで、ベッドが左右対称に置かれている。入口側に大きなクローゼットと洗面台、中央には小さな丸いテーブル。どれも初めから備え付けられているものだ。

 広い部屋ではないが、フローリングの色に合わせた木目調の家具が見た目にも心地良い。


「こっち使って良かったかな?」

「うん、オッケーだよ」


 右手の指で丸を作って、もう片方のベッドに座る彼女は、「私、森山恵(もりやまめぐみ)です」と短く自己紹介して、ぺこりと頭を下げた。


「有村芙美です。よろしくお願いします」


 挨拶が硬いかなと思うが、これ以上の言葉がパッと浮かんでこなかった。クラスでの自己紹介も明日だと聞いている。

 名古屋からわざわざ来た理由を求められる気がして答えを必死に探していると、ふと恵と目が合った。

 何か言いたそうにうずうずしているのが伝わってきて、尋ねるように首を傾げると、恵はパッと笑顔を広げて両手を胸の前に組んだ。


「芙美ちゃんは、か、彼氏はいるの?」


 予想外の質問に、芙美は「えっ」と声を漏らした。


「か、彼氏はいないよ」


 ふいに浮かんだ弘人の顔に答えを躊躇(ためら)うが、彼は町子の恋人だ。しかも十六年前の話で、もう終わった恋なのだと芙美は小さい頃からずっと自分に言い聞かせてきた。

 けれど、


「じゃ、好きな人は?」

「それは……」

「いるんだ!」


 恵が目を輝かせている。勢いに押されるままに、「……いるけど」と小声で答えたが、急に恥ずかしさが込み上げて「違うの!」と慌てて否定した。

 挨拶してまだ五分と経っていない相手に、何を話しているのだろうか。


「憧れる人、っていうか。かなり年上だし」


 涼しいくらいの室温なのに、一気に身体が熱くなる。


「歳なんて関係ないよ」


 恵は立ち上がると芙美の隣に座り、満面の笑みでその表情を覗き込んだ。


「芙美ちゃんって、名古屋から来たお嬢様なんだよね。彼も名古屋の人なの? もしかして、家柄で交際できないとか?」


 もう、恵の想像はロミオとジュリエットまで達してしまった。


「そんなんじゃないよ。お嬢様っていうのも……そうなのかもしれないけど、普通だよ?」


 極々一般家庭で育った町子の記憶があるせいで、有村の家柄が未だに夢物語のように感じてしまう。不良上がりの和弘と都子が型にはめずに自由に育ててくれたお陰で窮屈な思いを感じたことはないが、やはり東京の本家に行くとやたら緊張してしまうのは事実だ。


 ただ、『お嬢様』という肩書きを鬱陶(うっとう)しく感じながらも、そんな家に生まれたからこそ、こうしてここに戻ってくる事ができたのだと感謝する。


 恵は謙遜(けんそん)する芙美に不満そうに眉を寄せ、「でも」と表情を緩めた。


「どっちでもいいよ。友達なんだし。ね?」


 ルームメイトがどんな人なのか心配したこともあったが、この笑顔が全て杞憂(きゆう)であったと教えてくれる。そして芙美は少しだけ弘人のことを話したくなった。


「うん――相手の人はね、私のことなんて知らないの。一方通行で話したこともないし」


 彼の存在は誰にも話すことはなく、ずっと心の中で想ってきただけなのに、いざ口にすると途端に現実味が増してきて心が逸った。

 彼を想うと、自然に芙美も笑顔になる。


「でも、好き」

「そっかぁ。じゃあ、私が応援する」


 両手でガッツポーズを決め、気合を入れる恵。


「ありがとう。で、恵ちゃんはいるの? 好きな人」


 きっと彼女も恋してるんだろうと思って尋ねてみると、一瞬恵の表情に陰が差した。けれどすぐに元に戻り、「ううん」と横に首を振る。


「今はいないの。だから、これから見つけるんだ」


 聞いてはいけないことだったのだろうか。過去を思わせる台詞は、彼女の記憶をえぐり出してしまったかもしれない。しかしそんな芙美を察して、恵は「大丈夫」と胸を張る。


   ☆

 弘人に初めて会ったのは、町子が高校に入ってすぐのことだ。

 大魔女から力を得た後の顔合わせの時。高校は別々だったが、同じ歳だったせいかすぐに打ち解け、一ヶ月も経たないうちに彼から「好きだ」と告白された。

 最初は友達の延長線程度の想いだったが、一緒に居る時間が楽しくて、夏になった頃には本当に好きでたまらなくなっていた。


 いつもみんなの中心に居て前向きな弘人は、町子の死を知って悲しんでくれただろうか。

 何も言わずに飛び出してしまったあの朝を申し訳ないと思いつつ、芙美へと生まれ変わった自分があの頃の続きを送れたらと気持ちを膨らませていた。


 やっとの思いでここまで来て、まず始めに彼に会いに行こうと思う。

 現実を受け止める覚悟はまだきっとできていないけれど、それでも彼への気持ちが大きくなりすぎて、遠くでただじっとしているわけにはいかなくなってしまった。


   ☆

「ねぇ、芙美ちゃん」

 夜ベッドに付くと、恵が天井にぼんやりと視線を漂わせながら芙美を呼んだ。消灯時間が過ぎていて部屋は暗かったが、カーテン越しの月明かりが、青暗く中を照らしている。


 「どうしたの?」と芙美が彼女の方へ寝返ると、恵は顔だけをこちらに傾ける。


「今日はいっぱい聞いちゃってごめんね」

「いいよ。気にしないで」


 恵は言い難そうに口を開く。昼間の明るい元気な彼女ではない。


「私ね、中学時代にめちゃくちゃ好きな人が居て、この間卒業式の後に告白したんだ」


 女子の心をくすぐる恋愛話に芙美は答えを求めようとするが、すぐに言葉を飲み込んだ。それが喜ばしい話でないことを知っている。


「一緒に居ることも多かったし、彼も同じ気持ちだと思ってたんだけど。私だけ舞い上がっちゃってたみたい。そういう目では見れないって、ハッキリ断られちゃった」

「そう……なんだ」

「だから、ここでカッコいい彼氏を見つけて、高校生活をエンジョイするから!」


 布団の中でくるりと身体を芙美に向け、恵は笑顔で意気込んだ。

 彼女の前向きさを羨ましく感じる。是非見習いたいものだ。


「私も頑張りたい」

「一緒に頑張ろうよ」


 布団から手を出し、芙美が「うん」と親指を立てると、恵も同じようにサインを返した。


「ねぇ芙美ちゃん、私のことはメグでいいよ」

「了解。よろしくね、メグ」


 弘人に会えますように――。

 眠りに付く五秒前。芙美は願いを込めて手を組んだが彼は夢に出てきてはくれなかった。



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